ここ最近、この『奥州』にも男性客が増えたようだ。

原因は明確で、新しく入ってきたバイトさん以外に考えられない。

客が増えるのはいいことだが、それと平行して困ったことが起こることもある。

実は、女性客以上に男性客はしつこかったりする。

まあ女性客がしつこくないのは、あくまでも店員である幸村の態度や優しすぎる小十郎に対して、恋愛感情を抱かないせいと思われる。

それに対してまだ新人のバイトさんは接客に不安があるためか、ついつい丁寧に接する為、勘違いする野郎どもがいたりするのだ。

その中でも最もしつこいと思われる男が、今まさに稲の目の前に立っていた。

顔立ちは決して悪くなく、だらしない無精ヒゲさえも男をワイルドに見せている。

「やあ、今日も可愛いね」

「いい加減にして下さい」

うんざりした顔でそう言ったのは、言われている張本人ではなく幸村。

横からの声に、これまた不機嫌な顔の男は視線を幸村に向ける。

「…あんたに言ってないんだが?」

「でも、本多さんだって迷惑でしょう?」

涼しい顔でさらりと相手の気に障るようなことを言ってしまえる辺り、幸村もただ人のいい青年ではないようだ。

お客様相手にどうすればいいか戸惑っている稲とは正反対だ。

案の定、こめかみを引き攣らせた男は、堅気とは思えない目で幸村を睨み付ける。

だが、その視線もなんのその。

幸村は全く動じた気配もなく、むしろ笑みを浮かべている。

ただ者ではないと直感で思ったのか急に男は睨むのをやめると、鳥肌が立ちそうになるほど甘い笑みと声を稲に向ける。

「お嬢さん…俺の名は雑賀孫市。また会いに来るよ」

「え?あ、はい」

「商売の邪魔をするなら来ないで下さい」

余韻すら感じさせないように、きっぱりと言い切った幸村を再び一睨みした孫市が何か言いかけると

「久しぶり〜」

やや気の抜けたような柔らかな声が聞こえ、全員の視線が入り口へ向かう。

「ああ、いらっしゃいませ」

いち早く気持ちを切り替えた小十郎が声を掛けると同時に、孫市が驚きに目を見開いた。

「せ、先輩…」

年からすると、孫市の大学か何かの先輩らしい。

「ん?ああ…雑賀か。奇遇だな…菓子を買いに?」

柔らかな笑みで問い掛けられ、下心があった孫市は苦笑するしかなく曖昧に答えた。

「ええ…まぁ…」

「本多さんに言い寄ってるだけでしょう?」

呆れたように告げる幸村を睨み付けた孫市だが、その人物が笑い出したので毒気を抜かれてしまう。

「相変わらずのようだな」

そう言ってまだにこにこしている相手に、バツが悪そうに頭に手をやっていた孫市だが

「では…また…」

急にしおらしくなったかと思うと、それだけを告げ、逃げるように去って行った。

「それで?信幸さん…今日は…?」

それまで困ったように孫市と稲を見ていた小十郎にそう訊ねられ、信幸と呼ばれた青年は照れ臭そうに

「また…お願いします…」

「ああ…『おやじスペシャル』ですね」

にっこり笑って、いそいそと大き目の箱を取り出す小十郎に、稲は疑問の眼差しを向け

「おやじスペシャル…?」

聞きなれない言葉に首を傾げていると、幸村が不意に思い出したのか

「あ、そうか。本多さんは初めてですよね?」

「はい」

「『おやじスペシャル』というのは常連さん専用のバリューパックなんですよ」

そう言いながら、小十郎の手は次々と箱に菓子を几帳面に詰めていっている。

予め決まっているのか、小十郎的チョイスなのかは、ぱっと見では分からない。

「うちの父くらいの年代の方に大人気だから『おやじスペシャル』」

冗談めかしてそう言いながら、幸村に代金を払っている信幸が誰かに似ているような気がして、ついつい稲はじっと見てしまう。

(誰だったかしら…)

そんな風に思っている稲の視線に気付いたのか、信幸は稲の前に立つと軽く笑んでみせる。

「いつも弟がお世話になってます。幸村の兄の信幸です」

「いえ…こちらこそお世話になっております」

慌てて頭を下げた稲に、幸村が困ったように笑いかける。

そんなに畏まるほどのことを、彼女にしているわけでもないのだが。

礼儀正しい稲に相好を崩した信幸に、頭を上げた稲は呟く。

「似ていると思ったら…お兄様だったのですね」

そして自分のすぐ隣の人物に似ていた事に気付き、胸の痞えがとれた面持ちで微笑んだ。

すると、その笑みを向けられた信幸の表情が、驚いたようなものに変わり

「あ、あの…!!」

「はい?」

そして勢い込んで何か言いかけたが、首を傾げた稲を見てすぐに我に返ったらしく苦笑いを浮かべる。

「すみません。何でもありません…」

消え入りそうな声でそう告げると、箱詰めがほぼ終わった小十郎に向き直り

「幸村に持って帰らせて下さい」

「兄上?」

「悪いな…ちょっと急用が…」

挨拶もそこそこに、言葉を濁してそそくさと信幸は帰っていった。





もしかしたら、真面目一筋の兄に春が訪れたかもしれないというのに…

その兄以上に鈍い幸村は、いつもと違う兄の態度に首を傾げるだけだった。

















言い訳

またやっちまいました…

何だか急展開…?

まぁそこは大人の事情(もとい「何か描いて貰おうvv」という下心)です。

再び纏まりのない話ですみません(^^;)

って…自分、サナハンどうしたよ!?メインは!?

まあこんな調子でいってみようかと…