数年前に英語教師が変わってからというもの、英語を中心に学力がぐんと伸びた地元でも有数の進学校。
その割と広い学園内で、深刻な悩みを抱えている雰囲気を隠しもしない三年生の幸村が歩いていた。
いつもは真っ直ぐに伸ばしている背筋を、心持ち猫背にして歩いている姿は、妙な迫力があって皆見て見ぬ振りをしている。
「おはようございます、幸村様vv」
そんな中にあって幸村の後ろから気配もなく現れた少女に、力なく振り返った幸村は微かに笑んでみせた。
普段と違う幸村にでもこうして声を掛けることができるのは、彼女が幸村と兄妹のようにして育ってきたせいだろう。
「ああ、くのいちか…おはよう」
子猫のような愛らしい目をした一年生の少女は、どこからともなく正確な情報を迅速に仕入れてくることで有名だ。
その為あだ名が、女忍者を示す隠語の「くのいち」となってしまっている。
もっとも彼女自身はそれが満更でもないらしく、すっかり本名よりもあだ名を多用している始末。
「にゃはんvvそういえば今日は補習の日じゃないですかぁ〜?」
「……その話はしないでくれ」
小十郎ではないが、胃のあたりを押さえる幸村に、さすがのくのいちも同情の目を向けた。
「まだ、補習授業に慣れないんですか?」
「どこをどうすれば慣れるというのだ。そう簡単に慣れるわけはないだろう」
そう、ワンブレスで言い切った幸村の悩みは補習授業。
三年生にもなると大学受験に向けて、補習授業が入る。
この学園も例外ではなくて、二年生の段階から生徒の自己申告制で苦手な教科を中心に、週に一度だけ行われている。
とことん英語が苦手な者は入試の時点で落ちているはずなので、やはり理系科目に偏る傾向があるようだ。
稀に英語の補習授業を受ける者がいるが、英語担当の織田先生の魔力なのか数回受ければどんな生徒でも理解できるという。
そして、その後は次に苦手な教科の授業を受けることとなる。
同様に国語も滅多に受ける者はおらず、受ける生徒は毎年いるかいないかである。
母国語ならなんとか理解できると考える者が多く、実際に普段の授業で理解できる範囲だろう。
どうしても分からないところがあれば、授業終了後にでも担当教師にでも質問すれば、それで解決するものだ。
まあその担当教師が怖いせいだと、もっぱらの噂であるが。
だが一年ほど前のことになるか…
恐ろしいことにその国語担当の服部先生の目前には生徒がたった一人、高い身長を縮こまらせるようにして座っていた。
そう、実は国語が苦手な幸村だった。
(何かの罰ゲームか個人面談みたいだな…)
などと担任を受け持ったことのない半蔵が思っていると、沈黙に耐えられなかったのか幸村が口を開いた。
「現代文はなんとかなるのですが、古典などが…」
徐々に小さくなっていく声に、半蔵は眉を顰める。
(これではまるでいじめているみたいではないか)
自分の容姿が相手に与える印象を知っているだけに、半蔵は苦々しい思いでこっそり溜息をつく。
視線を落としたついでに担任の武田先生に渡された資料に目を通すと、そこには見事なまでの数字が並んでいた。
ある意味この学園でのステータスでもある英語は言うに及ばず、理系科目でもかなりの数字が記されている。
かといって勉強ができるだけでもないらしい。
身体能力が優れているのか体育も、器用なのか家庭一般も、選択制の美術もそれなりである。
この学園でもトップであることは一目瞭然だが、良すぎる他の教科に対し、国語だけが悪目立ちしている。
「…なるほど」
これは重傷だな。
なんて思いつつも、半蔵は表情もそのままに口を開いた。
「国語は我が国の文化を学ぶこと」
低く抑揚のあまりない声は、決して怒っているからではない。
そのことは普段の授業で知っていたので、あの顔で怒られたら心臓が止まるんじゃないか、なんて失礼なことを考えていた幸村はちょっと安心して顔を上げた。
ようやく顔を上げた生徒に頷きかけながら半蔵は言葉を続ける。
「学ぶ意義はある」
「…はい」
それでも目の前の人の顔を直視できず、俯いたまま頷いた。
その次の週から、幸村は指定された授業時間に国語の補習を受けるべく『資料室』なる場所へ向かう。
あまり訪れたことのないその部屋には、遮光カーテンがひかれ、昼だというのに電気がついていた。
「失礼します」
普通の蛍光灯より明るさを抑え気味にしてある明かりのもと、古めかしい書物が床に積み上げられている。
遮光カーテンはそれを守るためだと気付いた幸村は、物珍しげに辺りを見回す。
書物だけでなく、掛け軸なのか巻物とおぼしきものまであり、それらが至るところに積み上げられているようだ。
更にどことなく黴くさい空間そのものが、年代を感じさせる。
「…ここだ」
古本屋にでも迷い込んだ思いだった幸村は、急に現れた人の気配に息をのんだ。
もっとも半蔵は最初からそこにいたはずなのだが。
本の山を崩さないように部屋の奥に向かうと、確かに本の陰に目的の人物がいた。
「…そこへ」
半蔵が指し示した場所には、何も乗っていない小さめの机があり、その半蔵の正面にある椅子に促されるまま腰掛ける。
それを見届けてから傍らにあった数冊の書を取り出すと
「古典の本で…」
まるで独り言のように口を開いた半蔵は
「何か読んだことは?」
言葉少なに問いかける。
突然の問いに驚きながら、微かな記憶を必死に辿った幸村は、唯一読んだことのある古典のタイトルを思い出せた。
「…か、閑吟集なら少し…」
これまたマニアックな答えに、半蔵は感嘆の声を漏らした。
「それはいい」
どうやら褒められたらしい雰囲気に、幸村の緊張も解けてくる。
だが、その程度で半蔵の視線に慣れるわけもなく。
だが、その程度の幸村の反応など気にするわけでもなく。
淡々と授業が始まったのだ。
流石に服部先生相手といえども、一年も経てば慣れるだろうと周りは思っている。
だが、実際にマンツーマンで授業を受けた幸村には、毎週その時間が苦痛でしかない。
半蔵の授業自体は分かりやすく楽しいのだが、全く雑談もないしそれを差し挟む余地もない。
本当に授業だけなのだ。
別段、幸村が授業中にちょっとした息抜きを求める性質ではないのだが、それにしても窮屈な感じが拭えない。
そんなこんなで未だに苦手意識が拭えないまま補習授業を受けている。
授業を受けなければならないという立場上、今日も幸村は資料室に向かって行った。
その背中を見送っていたくのいちの頭に、小学生の頃に音楽で習った『ドナドナ』がエンドレスで流れていたとか。
戻
言い訳
ようやく学園ものらしく…
っていっても、本命のサナハンに向かう為の伏線でしかありません。
↑言い切りおった〜�堯福陰◆院─�
細かい設定とかも考えていたりするのですが、上手く出せません。
雰囲気だけで読み取っていただけると幸いです(笑)
…そして学園ものらしく…と言ってはみたものの、そんなに学園ものらしくない!?