その日真田家は母以外の人間…つまり男どもは、どこか緊張した面持ちをしていた。
ここ最近、研究が忙しいらしい長男の信幸も、この日ばかりは大学への泊まり込みを断念したらしい。
…というのも…
「ちょっと…さっきから何?この空気…?娘が帰ってきたらいけないわけ?」
随分前に小山田家に嫁いだはずの長女の村松が、何の連絡もなく帰ってきたのだ。
「いや。そうではないのだがな…あ〜…その…よもや小山田くんと…」
「やっだ〜違いますよ!ダーリンと私はまだまだ新婚気分ですからvv」
頬を染めながらの笑みはとてもたおやかなのに、父の問いへの豪快な答え方で全てが幻と消える。
(茂誠さんも苦労なさってるんだろうなぁ…)
義兄に対しさり気なく失礼な心配の仕方をしている幸村の心を読んだのか、村松は幸村に視線を当てるといきなり
「そんなことより…いい加減、彼女でもできた?」
「…いえ…」
彼女の唐突な問い掛けには慣れていたが、流石に久しぶりともなると反応に時間がかかる。
「信幸は?」
「……ま、まだ…です…」
いつもなら苦笑して「それどころではありませんから…」と答える信幸の珍しい返答に、村松の顔に笑みが広がる。
「そう…気になる子はいるのね…上手くいったら教えてよ?」
「え!?え!?」
何故、気取られたか本気で気付いていないらしい信幸は、かなり慌てている。
そんな兄の様子をおかしいとは思いつつも、実は幸村も気付いていないらしい。
(…大丈夫なの…?この子達…)
色恋事に疎い弟達をからかって楽しんでいた村松の心に、やや不安の影がよぎった。
(でもまあ…ルックス良しで頭も悪くない、誠実で気配り上手…我が弟ながらなかなかのものね…)
だが、同時に弟馬鹿でもある彼女は、信幸の恋が成就することを確信している。
…現実はそう上手くいかないのだが…
これから起こる惨事のことなど全く予測できない彼女は、話題の転換を図った。
「そうだ…幸村…母上から伺ったわよ?補習授業に国語を選んでいるそうね?」
「国語…?」
驚きを顕にする同じ学園出身の信幸の時代にも、国語を選択する生徒はあまりいなかったようだ。
早すぎる情報伝達に苦笑しながら
「物理や化学なら兄上に伺えばすむのですが…」
実は父も兄も幸村自身も、どちらかというと理系科目の方が得意である。
「確かに…国語だけは私も父上もどうしようもないな…」
母国語なのでさっぱりできないわけでもないが、いざ詳しく学ぶとなると少し難しいかもしれない。
「それで…どう?何とかなりそうなの?」
「…実は…正直に言って不安です…」
理解はしているつもりなのだが、他の教科に比べるともやもやした感じがするのだ。
そして何より先生に対して、まだ完全には苦手意識が拭いきれない。
そんな弟の心境が分からない姉は、至極真っ当なことを口にした。
「…補習だけで足りないようなら、担当の先生に直接教えてもらったら?」
「………え?」
「おお。それはいい。確か国語の担当は…服部先生だったな…」
「…え。あ、はい」
「あの先生は何を考えているか分かりにくいが、仕事熱心なことは確かだぞ」
「…は、はぁ…」
「何ならわしから言っておいても…」
「い、いえ!自分で言いに行きます!」
姉の言葉に同意した父によって、何だかまずい展開になったなと思いつつ、幸村はこれからのことを考えた。
「ところで…」
そんなことより、麗しの姉上がいて何事も起こらないはずはないのだ。
「本多さんって誰?…幸村の恋人?」
しっかりばっちり爆弾を投下してくれた。
「……へ?本多さん…?」
何故、姉が彼女のことを知っているのかは分からないが、とりあえず事実を述べることにした。
「いえ…バイト先が同じだけですが…?」
あと強いて挙げるなら、同じ学校の先輩後輩という仲だけだろう。
ただ、学年が違うせいかあまり学園内で会ったことはないが。
「へ〜〜ぇ〜〜」
にやにやという形容が相応しい笑みを浮かべる姉は、何かを知っているのか意味ありげに
「『いきなりすみません。今週の土曜日…お時間ありますか?』ってさ」
「「は?」」
さすが兄弟、声がよく似ているせいか上手い具合にハモった。
妙な猫なで声を発する姉を、思わず凝視してしまった幸村に
「いや〜ごめんね。悪いとは思ってたんだけど…さっき電話に勝手に出ちゃった」
なんて言って眉根を寄せて申し訳なさそうな表情をしているが、その実とても楽しんでいることはバレバレである。
幸村が急いで着信履歴を確かめると、確かに稲から連絡があったことを示している。
夕食の準備を手伝っている間、リビングに置きっ放しにしていたが、まさかそのピンポイントで連絡が来るとは。
そして何より、人の電話に勝手に出るとは。
「……姉上…」
「大丈夫よ。ちゃんと説明はしておいたから」
「…説明…?」
「ええ。幸村が電話に出たと思ったみたいで、さっきの言葉を言ったから…『あらごめんなさい。私は幸村の姉なのよ〜…え?何?もしかしてデートの約束かしら?OKOK!!あの子ならどうせ暇でしょうからどこへでも連れてっちゃってちょうだい。………え?違う?………バイト先の知り合い…?またまた〜!!いいのよ遠慮しないで。むしろ今度から“お義姉さん”って呼んでvvさあ!それでは早速レッツトライ!!お義姉さん!リピートアフターミー!お・ね・え・さ・んvv……………はい!よくできました〜ではもう一度〜お・ね・え・さ・…』」
「待って下さい…」
無論デートの約束などではなく、恐らくバイトを交代して欲しい、と言うつもりだったのだろう。
その為に連絡して、訳の分からないマシンガントークに晒された彼女は哀れとしか言いようがない。
しかもどうやら彼女は姉の言う通りに、素直にリピートしたようだ。
途中で遮ってしまったのでわからないが、下手したらそれから延々とリピートさせられていたのかもしれない。
(本多さん…素直すぎる…)
遠い目をした幸村の口から溜息が漏れるのは、仕方がないことだろう。
そして携帯電話本体に指を捻じ込み、いつでも開けられるようにして立ち上がった。
戻
言い訳
こっから大惨事になる予定です。
普通にお兄さんはもてそうですが…
まあちょっと壊させていただきます(コラ)
このままだと信幸兄さんと稲姫がメインになってしまいそう…
…サナハンにしたい…けど難しいですな(笑)
ちなみに初めて長女さんの存在を知ったのは、とある武家屋敷前の看板です。