和菓子屋『奥州』で高校生の客が増え始めると、そろそろバイトの学生がやってくるという目安になる。
客に紛れてやって来た幸村は、その身長故かその暗いオーラ故かやけに目立っていた。
「……こんにちは…」
「あ、こんにちは」
いつものようにやってきた幸村に、客に向けるのとは少し違う笑みを向けながら小十郎は答える。
「今日は本多さん休みだから二人で頑張ろ、う…ね…」
しかし明らかに沈んだ様子の幸村に、その語尾が途切れた。
「どうしたんだい?顔色があまり良くないようだけど…?」
本日、何度目になるか分からない質問に、同じく何度目になるか分からない答えを幸村は口にした。
「兄と…喧嘩しまして…」
「信幸くんと!?なんでまた…」
温厚篤実の代名詞ともいえる兄弟が、仲違いをするなど小十郎には信じられなかった。
「それが…結局よく分からなくて…」
姉相手では喧嘩という名のいじめに遭いはしたが、兄が寛容なせいか幼い頃から兄弟喧嘩にはあまり縁がなかった。
更に極度に鈍い幸村は、どうして兄が怒っているのかまだ分かっていないらしい。
そこまで教えるのは自分の管轄外だと、姉が全く教えなかったためでもある。
とりあえず彼は、兄が自分と稲との仲を邪推していることしか分からなかったようだ。
「私の…せいでしょうか…」
「まさか。そんなことないと思うよ?」
実際はそうとも言えるのだが、誰もそんなことに気付くわけはない。
小十郎の慰めの言葉に力なく笑みを返した幸村は、奥の部屋でバイトの制服に着替える。
そして、直ぐに何もなかったかのように接客をし始めた幸村を、小十郎は心配そうに見ていた。
学校帰りの高校生の客が減ってきた頃、嵐は突然やってきた。
しかも、自動でドアが開くことでさえも嬉しい、といった笑みで。
「やあ幸村。今日もバイトが楽しそうで何よりだ」
常にない信幸の刺々しい口調に幸村の腰が引けている。
「い、いらっしゃい。信幸くん」
フォローのつもりで声をかけた小十郎だが、それは敢え無く失敗に終わった。
「やあ小十郎さん。相変わらず色男で羨ましいです」
どす黒い笑みを浮かべた信幸は、普段なら決して言わないようなことをさらりと言ってのける。
(こ、怖い…)
「あ、今日もお願いします」
「は…はい…」
常連さん用の『おやじスペシャル』を箱詰めする小十郎のスピードも、通常の1.6倍。
とりあえず早々に立ち去って頂きたいという気持ちが如実に表れている。
(………軋む…)
さり気なく信幸の笑顔が小十郎の癒しになっていたようで、胃へのダメージも半端じゃなかったらしい。
その間も、信幸は棘のある言葉ばかりで幸村に話しかけている為、ほんのちょっぴり幸村の魂が飛び出そうだ。
しかしいつの間に店内に入っていたのだろう。
「…黙」
急に影のように半蔵が現れたかと思うと、躊躇うことなく信幸に当て身をくらわした。
人形のように簡単に崩れ落ちる信幸になど目もくれず、襲撃した犯人は既に陳列棚に意識を集中させている。
「あ、兄上〜〜〜〜〜!!!!」
幸村の叫びで、それが彼の兄だと気付いたらしい半蔵の一言は余りにも意外だった。
「この男が信幸…か…?」
足元で伸びている信幸をしげしげと眺める半蔵に、カウンターを飛び出し兄を支えた幸村が過剰な反応を示す。
「なななななな何故、先生が兄の名を!?」
「…少し…おぬしの兄の話をしていた者がいてな…」
歯切れの悪い返答に、混乱した幸村は再び過剰反応。
「先生が兄の話題を!?」
「あ、ああ…少しばかり…」
「私の話題は!?」
「いや…特には…」
「何故ですか!?」
「何故と言わ…」
「私は先生のことばかり考えているというのに…」
「考えていると言…」
「あんまりです!!」
「あんまりと…」
「か、かくなるうえはこのまま兄を亡き者にして…っっ!!」
「ええい!!おぬしは黙っておれ!!」
その絶叫は、本気で兄の首を絞めにかかろうとしていた幸村を殴り飛ばそすのではないかうという勢いだった。
だが、半蔵は必死に手を出さないように努力していた。
『体罰教師』なんてレッテルを貼られるのは、半蔵にとっても学園にとっても死活問題。
見た目でも充分恐れられているのに、これ以上は雇われ人としてやってはいけないことだ。
半蔵の一喝は効いたらしく、幸村はしょげた子犬みたいになっている。
「と、とりあえず…信幸くんを奥で寝かせておこうか…?」
理解不能なことが立て続けに起こったせいか、心なしか小十郎が青ざめていた。
微かに震えるその手には、詰め終わった『おやじスペシャル』が。
そろそろ彼は痛みを通り越して、逆に何も感じなくなってきているに違いない。
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言い訳
これ…収集つくんかな…
↑不吉なこと言うな!!
このままだと、お兄ちゃん…警察沙汰になっちまうんじゃあ…
↑止めて!!
…この連載に飽きるのが先か…小十郎が息絶えるのが先か…!?
↑後者に50票!!(笑)