嵐を奥の部屋に格納してから、ほんの数分後
「やあ。今日は新作のお菓子を楽しみにしてきましたぞ」
「邪魔をする」
口々にそう言いながら、ぽっちゃりしたおじさんとごついおじさんがやってきた。
「いらっしゃいませ」
「あれ?先生?」
先程のショックから立ち直っていない幸村だったが、見覚えのある教師の二人連れに驚いている。
「ああ、常連さんに新作のお菓子を試食してもらっているんだよ」
「へえ…」
小十郎の言葉に、半蔵が家康のために菓子を買ってきていたことを思い出した。
「甘いもの…お好きなんですか…?」
家康は何となく分かるが、その後ろに聳え立つジャージ姿の忠勝はちょっとイメージにそぐわない気がする。
生徒の不躾な質問にも、真剣な表情で忠勝は答えた。
「愚問」
あまりにもはっきりと言い切られ、幸村は自分の中での「甘味好き」のイメージを変えることにした。
「そういえば…真田はここでのアルバイトが長いようだが…?」
ふと気になったのか家康がそう呟くと
「ええ。高校一年生の時から来てくれているんですよ」
つい今しがたの事件を忘れたいのか、いつも以上に朗らかに小十郎が答える。
「ほう…それは感心」
「学問を怠らぬように」
「あ、はい!」
気持ちのいい返事をする幸村に、軽く笑いかけた二人は小十郎に向き直ると
「奥でよいか?」
「はい。服部さんもいらしてますよ」
慣れた様子で奥に向かう忠勝に、先客があることを伝える。
「おお。浮き足立っておると思ったら…もう来ておったか」
見ているこっちまでご利益がありそうな笑顔を家康は浮かべた。
「あ、あと…」
困ったように微笑んだ小十郎は、もう一人の先客がいることも説明した。
目を覚ました信幸の目にいきなり飛び込んできたのは、愛しい女性の心配げな表情…ではなく
「おお。起きたか」
ちょっとぽっちゃりしたおっさんの、ほわほわした笑顔だった。
「あ…あれ?徳川先生…?」
それが高校時代の恩師であることに気付いた信幸が起き上がると、また別方向から声がかかる。
「もう大丈夫か?」
そう問い掛けたのは、いかつい手で芸術的な造詣の和菓子を丁寧に持ち上げている、いかつい顔の男性だった。
「本多先生…?」
実はそちらも恩師であることに気付き、更に驚きの表情を見せる。
「ほら。君もこちらへ来て食べなさい」
家康に手招かれるまま、ちゃぶ台の側に座る。
そして今まであまり視界に入れないようにしていた信幸だが、どうしても視界に入ってくる男に問い掛ける。
「あの…あなたは…?」
先程、有無を言わさず昏倒させられた身なのだが、相手を確認することもなく沈んだので、まさか彼が犯人だとは気付いていない。
その人相を見て、出来れば関わりたくないと思っていたがどうしても問い掛けねばならない雰囲気だった。
どういうわけか、おっさん達とちゃぶ台を囲む格好になってしまったのでは、致し方あるまい。
「ああ、こちらは服部先生だよ」
「あなたが国語担当の…」
以前、家庭内の話題に上ったこともあるので、違和感なく信幸はその存在を認識した。
「いつも弟がお世話になっております」
「いや…」
礼儀正しく頭を下げる青年に、昏倒させた身としては複雑な心境で対する。
半蔵の心境を悟ったのか、家康はにこにこ笑ったまま信幸に声を掛けた。
「それで…何があったのだ?」
「う…」
まさか恩師の前でみっともないところを見せるわけにはいかない。
しかし、目の前の家康の笑みを見ていたら、不意にどうしても相談してみたくなった。
彼は彼なりに悩んでいたようだ。
「ただの…嫉妬です…」
「ほう…嫉妬とな…」
およそ人を嫉むなどしないような性格だと思っていた家康は、丸い目を更に丸くさせて驚いている。
忠勝も意外そうな顔をしている。
「ここ最近…気になる女性がいて…でも彼女は弟の恋人で…しかも小十郎さんと浮気していて…」
勘違い丸出しだが、ここできちんと訂正できる者は誰一人としていない。
間違いや勘違いのみだと、逆に真実味を帯びるものなのかもしれない。
「なんと…因果な者に惚れたなぁ…」
そう言う家康は菓子を摘み上げる手を止めて、気の毒そうな表情で信幸を見ている。
「でも…どうしても…好きなんです…」
一目ぼれなどありえないという人間もいるだろうが、それでも彼は本気だった。
ただでさえ思い込みの激しい性質なので、余計に深みにはまっていく。
しかも間違った方向へ。
「想いを伝えてみてはどうかな?」
信幸の口振りから、まだ遠くから見つめているだけだと気付いた家康は、もっともなことを口にした。
だが、それは信幸の選択肢には端からなかったらしい。
「…もう…もう駄目なんです…」
「馬鹿者おぉっっ!!」
「ほ、本多先生…?」
「そう簡単に諦めるな!!」
「し…しかし…!!」
「貴様!相手の女人に本心でぶつかっていったのか!!」
「…い…いえ…それは…」
「ならば本気でぶつかっていけい!!」
「え…」
「貴様の弟にも奥州の店主にも負けぬ気持ちがあるなら!!何故、自信を持たん!!」
「…ほ、本多先生…!!」
「自信を持て!!成せば成る!!本気ならば見事振り向かせてみせよ!!」
「せ、先生っっ!!」
「真田っ!!」
「先生っ!!」
「さなだぁあっっ!!」
「せんせえぇっっ!!」
それはどことなく一昔前の青春学園映画のようだった。
距離的にはあまり遠くないが、気持ち的な距離は大きく隔たる二人の世界を見て
「良い話じゃ…のう?半蔵?」
のほほんと茶をすすりながら、家康が微笑んでいる。
間違っても「自分が巻き込まれることがない」と知っている人間特有の落ち着き具合だ。
「……はい…」
実は何となく事情が飲み込めてきた半蔵にとっては、この二人の光景が奇妙にしか見えていない。
これから起こるであろう事態に、関わるか関わらないか…
季節限定商品になるであろう『奥州』の和菓子を前に、彼は一人で懊悩していた。
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言い訳
いや…収拾つかんて…
↑降参宣言!?
これから先…また大変なことに…
でも、そろそろ何とか収拾つけんとね!!
しかし…パパンとお兄ちゃん…
傍から見ていたら、かなり笑えるんじゃないでしょうか…?