自分の閨に半蔵を連れ込んだ途端、その痩身を抱き上げるようにして敷布に横たえる。

部屋に来るまでずっと繋がれていた手が離れる感覚に、珍しく半蔵の瞳が揺れた。

しかし、微かな月明かりしか光源のない室内で、武人の幸村がそれに気付くことはない。

早急に半蔵の帯に手をかけ、言葉も表情も無く、ただとり憑かれたかのように解きにかかる。

そんな様子が不安だったのか、半蔵は幸村の忙しなく動く手を握り締めた。

「春宵一刻値千金」

過ごしやすい気候の春の夜は、貴重なものだ。

大陸の人間の言葉を呟くと、既に半蔵の帯を解ききっていた若者の動きが止まる。

そして、やんわりと拒絶の言葉を紡いだ唇を軽く塞ぐと

「…だから…こうしている」

秘め事をしているという意識からか、自然と低くなる幸村の声に半蔵の体が震えた。

「……了承は先程得た」

不意に半蔵の脳裏に、散り逝く桜の映像が浮かんで消える。

微かな月明かりに照らされた滑らかな幸村の頬に、骨ばった半蔵の掌が恐る恐る触れた。

「だから…もう…止めない」

その手を握り込み、どこかぎらついた目で告げる幸村に、僅かに半蔵が息を呑む。

漸くその時になって、半蔵は幸村の募らせてきた想いに気付いたのかもしれない。

それこそ恐怖を覚えるほどの想いに。

戦慄く唇から漏れ出る吐息さえも飲み込むように、口付けた。







穏やかな笑みで幸村が睦言を囁けば、困惑気味の表情を浮かべる。

できるだけ優しく幸村が触れれば、どこか怯えたように目を背ける。

そんな半蔵に、歯がゆさばかりが募る。

そして何より、睦み合う術を、己があまり知らないことが口惜しい。

それでも幸村は、目の前の人間に溺れていく。

宣言通り、拒む言葉も腕も、押さえ付けて。







翌朝、目を覚ました半蔵は、目の前の穏やかな寝顔に目を見開いた。

しかし、直ぐに昨夜のことを思い出したのか、微かに頬を染めその寝顔に見入る。

暫くすると、ゆっくりと幸村の瞼が開き、半蔵同様微かに目を見開く。

恐らく、あまりにも近い位置に晒された素顔に、ただ純粋に驚いたのだろう。

そして、やはり半蔵同様に微かに頬を染めつつ微笑んだ。

それはとても満たされた笑みで、見ているだけの半蔵もどこか満たされた気分になった。

半蔵の背に回された逞しい腕に微かに力が入ると、二人の体の隙間が無くなる。

躊躇いがちではあったが、思い切って半蔵はその胸に頬を寄せた。

行為の最中の縋りつくようなものではなく、自発的な甘えの態度に、更に幸村の顔に締まりが無くなる。

起きなければならないとは思いつつ、二人揃って「もう少しこうしていたい」と思えば、自然と起き上がる気配は薄れていく。

それでも起きなければ、くのいち辺りに見つかれば何を言われるか分かったものではない。



「「…起きるか」」



かなり名残惜し気な声が重なる。

驚いたようにお互いに顔を見合わせて、どちらともなく笑い出した。





それは、ひどく、幸せな朝だった。