どこか浮かれた人達、雑踏の中の歓声、その空気に自ら晒されに行くことで普段とは違う世界を垣間見る。
遠くから聞こえる祭囃子に、ふと幸村は顔を上げた。
その時ようやく、己が足元ばかり見ていたことに気付く。
政宗が連れてきた友人達と、こうして祭りにやってきたわけだが、やはり苦笑は禁じえない。
明日は敵味方、それでもこうして笑い合えるのだ。
歩幅の狭い政宗に、皆が合わせているわけでもないだろうが、自分達の歩みは遅い。
その方が屋台を見回れていいが、いかんせん通行の邪魔になっているような気がしてならない。
それなりに名の知れた武将がぞろぞろと歩いているのだから、仕方ないと言えば仕方ない。
また苦笑を浮かべた幸村の耳に、初めての祭りに興奮しているらしい政宗の高い声が聞こえた。
「おお!あれは何だ!?」
「甘味を…売っているのでは?」
「よし!小十朗、買って来い!!」
「はいはい」
子供の我侭に「今日はお祭りだから仕方ない」とでも言いたげな苦笑で小十朗が応じた。
よく見ていると、どうやら小十朗が自腹を切るらしく懐から財布を取り出している。
「おーおーまるでお母さんだねぇ…」
「…せめてお父さんにして下さい」
女顔なのを気にしているのか、がっくりと肩を落とした小十朗が告げても
「いやぁ…お母さんだろう…」
「だな…どう見ても…お母さんだよな…」
「可愛らしいお母はんですこと」
孫市と五右衛門と阿国までそう言い始めて、更に項垂れる。
「ふん!小十朗は父でも母でもないわ!!わしの腹心じゃ!!」
「ま、政宗様っっ!!」
やはり育て方に間違いは無かった、などと言いながら感涙に咽び泣く小十朗に
「早く買って来い!!」
子供は迷うことなく命令を繰り返す。
「政宗様ぁ…」
それは明らかに間違った飴と鞭の使い分けのようだが、政宗は特に意識していないようだ。
それでも小十朗が政宗の求めたものを持ってくると、欠片も疑っていない様子で待っている。
政宗にとって彼は、無条件で甘えられる数少ない人間なのだと、それだけで分かった。
はしゃぐ政宗に、自然と幸村も笑みが増えていく。
政宗は子供だ。
だから、とても素直だ。
幸村はここへ仲の良い仲間を引き連れてやってきた政宗の行動から、これからのことが予測できた。
政宗は大人だ。
だから、とても老獪だ。
幸村は己の義の為だけには生きられない政宗の立場や背負うものを、その小さな背に見ることができた。
彼を見ていると、今この時代の縮図ではないかと思ってしまう。
とても小さな背だが小十朗達からすれば、それはとても頼りがいのある背なのだろう。
そしてその背に荷を背負いきれなくなったら、いつでも手を差し伸べられる距離にいる。
彼はとても部下に恵まれていて、愛されているようだ。
ふと、幸村の脳裏に彼の人の背が思い浮かんだ。
細い背中はおなごのように柔らかではないが、武将のように逞しくも無かった。
簡単に折れてしまいそうだと思ったのは、恐らく比喩ではないだろう。
何度、抱き壊してしまえばと思ったことか。
昏い考えに自嘲を浮かべれば、今日は薄桃色の小袖を纏ったくのいちが、眉間に皺を寄せて幸村を見上げていた。
「どうした…?折角の可愛い顔が台無しだぞ?」
「はあ…また無自覚…」
幸村のこの手の台詞は言われ慣れてしまったらしく、くのいちは盛大な溜息をつく。
「…また半蔵のこと考えてましたね?」
「…どうしてそう思う?」
「自覚がないかもしれませんが、半蔵のことを考えてる幸村様って…」
そして少し言い淀んだ後、真剣な表情で呟いた。
「ちょっと、怖いですよ?」
それはとても意外な言葉で、即座に「何故?」と問い返していた。
「…何ていうか…戦場でもしないような、昏い笑みとか浮かべてますよ…?」
「…まさか…っっ!!」
「狂う恋も、あるんどすえ?」
いつの間に聞きつけたのか、阿国が艶めいた笑みで囁く。
他の面々も“面白い”とばかりに、幸村の周りに集まってきた。
「お?なんだなんだ?お前さん…恋してんのかい?」
「い、いえ…しているといえば…しているのかもしれませんが…」
「どんな娘なんだよ!?」
「ま、孫市殿…目が怖…」
「生意気だぜ!!」
「五右衛門殿!?生意気って…!!」
「幸村のくせに!!」
「政宗殿…!?流石にそれは酷くないですか!?」
「相手の方にはもう伝えてはるんですか?」
「え…あ、はい…一応は……って!!そ、そんなことどうでもいいじゃないですか!!」
どうにか隠そうと躍起になっている姿が、またからかいの対象になる。
本人はそれに気付いていないらしく、大真面目にしどろもどろになりつつ誤魔化そうとしていた。
ようやく皆の意識が他のものに逸れて、解放された頃には一気に歳を取ってしまった気分だった。
肩を落として俯きがちの幸村を、くのいちは早々に見放したらしく、もう側にはいない。
その代わり、そっと近付いてきた阿国が、少し困ったような表情で微かに囁いた。
「狂っても、愛しさばかりは消えまへん」
何となく、思い当たる節があったのだろう。
知らず知らず、幸村の背に、冷たいものが流れていた。
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