ドアを開ければ、重たそうなダンボールを抱えた幸村がいた。

「故郷から送られてきた梨でござる!!」

それが何かを問い掛ける前に、幸村は満面の笑みでそれを政宗に押し付ける。

「Thank you」

素直に受け取った政宗は、それを抱えたまま

「まぁ上がっていけよ」

さり気なく幸村を部屋へ連れ込むことに成功した。





早速、箱を開けてみれば、丸々とした梨が行儀よく収まっていた。

「Oh!!美味そうだな」

「美味いですぞ!!」

自信に満ちた表情でそう言って、二つほどダンボールから取り出す。

「ささ、政宗殿もお一つ…」

その内の一つを政宗に差し出しながら誇らしげに微笑んだ幸村に、笑みを返した政宗だが、すぐにその笑顔は引き攣る。

「…ってこのままかよ?」

「ん?」

いきなり梨に食らい付いた幸村は、口の中のものを咀嚼しつつ政宗を見つめた。

その様子は、まさに小動物。

「ゆ、幸村…」

「何でござろう?」

「垂れてる…」

だらしなく濡れた口周り、特に艶やかな幸村の唇に、政宗の視線は釘付けだ。

ごくりと唾を飲み込んだ後、さり気ない仕草で幸村の顎に手をかけ軽く上向かせる。

「政宗殿?」

きょとんと見上げてくる幸村に何か含みのある笑顔を近付け、そのまま果汁を舐め取ろうと舌を伸ばした。

しかしその時、彼の人生最大の壁が立ちはだかった。

「す・い・ま・せ〜ん!!すいません!!うちの子お邪魔していませんか〜!?」

インターフォン連打+殴りつけるほどのノックという凄まじい攻撃に、玄関のドアも当然の如く軋む。

「佐助!?」

かなり分厚いはずのドア越しの声に、幸村がすぐに反応した。

人の家だというのに、すぐに玄関に飛んで行った幸村は、確認もせずに鍵を開ける。

「ああやっぱり!!ちょっと旦那!!何で竜の旦那のところなんかに…!?」

殴り込みをかけてきたかのような佐助は、ドアが開くのももどかしく、そのまま無理矢理玄関に侵入した。

そして、目に飛び込んできた幸村の特に口周りに、何を勘違いしたのか一瞬ぎくりと体を強張らせるが

「今、政宗殿と梨を食べていたのだが…お前こそどうしたのだ?」

何の他意もないことに、ほっと胸を撫で下ろす。

「竜の住処によ〜うこそ〜佐助ぇ〜…」

佐助が顔を向けると、どこぞの鬼のような台詞を吐く、モデル立ちの政宗がいた。

その恨みがましい視線に、佐助は幸村の危機を救ったことを知る。

「いや〜ごめんね。ここ最近、旦那の帰りが遅いから…」

棘のある台詞に視線。

微かにだが、政宗のこめかみが引き攣った。

「どっかの変態に襲われてるんじゃないかって、心配してね」

「…Ah…大変だな…オカンは」

「オカ…ッ!?」

常々そう自覚してしまいそうな自分を否定してきたが、他人に言われるとかなり堪えたらしい。

明らかに作り物の笑みを貼り付けた表情で、幸村の肩を掴む。

「……旦那…そろそろ帰ろうか?」

「いや、しかし梨を…」

「梨ならうちにもあるでしょ?」

呆れたようにそう言って、常備しているのかポケットから清潔そうなハンカチを取り出し、幸村の口周りを拭う。

「む…そうではない。梨を政宗殿と一緒に食べたいのだ。政宗殿も一人で食べるより美味くはござらぬか?」

全く邪気の無い様子で告げられ、政宗も佐助も瞠目する。

微かに染まった政宗の頬を見て、いらぬ心配をしていたと気付いた佐助は苦笑いをするしかない。

「……Hey…佐助、お前も上がってけよ」

やれやれ、俺の負けだ。

そのぼやきは、辛うじて佐助の耳に入る程度だった。

「…では、お邪魔します」

「失礼のないようにな」

しっかりそう言う幸村に、内心「あんたが一番ご迷惑かけてるでしょ!?」と思ったが、ここは敢えて黙ることにしたようだ。

(やっぱり金持ちの住むマンションは違うなぁ…)

あからさまにならないように、佐助は室内にちらちらと視線を走らせる。

「そこに掛けとけよ」

そう言ってキッチンに引っ込む政宗とは正反対に、幸村は我が物顔でソファに腰掛け

「佐助。お前も来い」

なんて言って手招きまでする始末。

(…慣れすぎじゃない…?)

あまりにも政宗の部屋に馴染んでしまっている幸村に、ちょっとだけ溜息をつく。

座り心地のいいソファに腰を下ろし、部屋の隅々にも目を走らせる。

(掃除もきちんとしているようだねぇ…)

こっそり“おかんチェック”が入っていることに気付いていないのか

「今、梨剥いてやるから…大人しくしてろよ?」

そう言って幸村に釘をさす。

対面式のキッチンの向こうにいる政宗は、形のいい梨を手際よく剥いていく。

(なかなかやるようだね…)

変にライバル心を燃やしかけた頃、手元の果実を見つめたまま

「そういや佐助…お前んち、どうなってんだ?いきなり丸かじりしたぞ?」

一瞬だけ上げた視線が捉えたのは幸村で、よく見ればその目の前のテーブルには歯型がくっきり残った梨が残っている。

「はぁっ!?旦那!!嘘だろ!?」

「う…だって美味そうだったから…」

「だってじゃないの!!そんなはしたない子に育てた覚えはありません!!」

ぴしゃりと言い放つ様は、まさしく…

(オカンじゃねぇか…)

かなり厳しいお姑の存在に、前途多難なことを知る。

果たして己は、このオカンという壁を乗り越えられるのか、と。





綺麗に剥いた梨を、三人で食べながら

「やはり一人で食べるより、皆で食べる方が美味いでござる!!」

そう言って微笑んだ幸村に、目を奪われる。

(こういうのも、悪かねぇな…)

それからぎこちなく視線を逸らした政宗は、手元の果実を見つめ、そっと微笑んだ。