放課後、担任に呼び出された元就が素っ気無く、いつものメンバー──政宗、幸村、元親──に告げる。

「先に帰っておれ」

ちなみに佐助は「タイムセールが…」とか言いながら、何かに取り憑かれたようにHR終了後真っ先に教室を出て行ったらしい。

「俺は待っとくぜ〜」

「…ふん」

本当は元親にそう言ってほしかったのか、不機嫌そうな風を装いつつも元就の表情はどこか嬉しそうだ。

そのままくるりと向けた細い背中が、廊下に出て行くのを見送ってから

「っつーわけだからお前らは先帰ってろよ」

むしろ帰れ。

そんな雰囲気で告げる元親に、しかし二人は動こうとしない。

正確には、政宗がじっと元親を見詰めて立ち上がる気配も見せずに

「…まぁ、いい機会だ…お前に聞きたいことがある」

そう切り出した。

「何であんなのとつるんでるんだ?」

あんなの、とは元就のことを言っているのだろう。

「お前…辛くねぇか?」

元就はもとがいいのだから、ちょっと微笑むだけでも対人関係は円滑に進むだろうに、あえて孤立するような姿勢を貫いている。

そして誰よりも元親に対しての態度は、傍から見たら辛辣以外の何ものでもない。

いくらアニキと慕われている元親でも、とうに堪忍袋の緒が切れていてもおかしくないのでは。

だが、政宗の疑問に目を丸くした元親は

「あらま?政宗くんったらヤキモチ?」

「キモいよお前…」

体格のいい男が体を捩じらせてしなを作っている様は、あまり可愛らしいものではない。

自分でもその辺りは理解しているらしく、苦笑いを浮かべている。

「はぐらかしたって無駄だぜ?何でだ?」

再度の問い掛けと幸村の期待に満ちた眼差しに、別に隠そうと思っていなかったらしく元親はあっさり口を割った。

「俺さ…今はこんなんだけど、昔は小さくって苛められっ子だったんだよ。髪もこんなだし…ちなみにあだ名は『姫』な」

「はぁ!?」

「成る程!!分かったでござる!!それで元就殿が元親殿を守って…」

「くれると思うか?あいつが」

そう聞かれると、二人ともどうしても頷くことは出来なかった。

「むしろあいつが一番の苛めっ子だったんだぜ?」

今の元就と元親の関係を鑑みれば、苛めっ子という形容でさえ可愛らしいのではないだろうか。

「だったら何で…?」

「不思議なことにな、あいつには何を言われても辛くなかったんだよ」

「マゾかよ?」

「マゾでござるな…」

「違ぇよっ!?」

しょっちゅう湧き上がるマゾ疑惑に、今回は元親も慌てる。

実は本人はどちらかというとサドだと思っているし、元就に訊ねれば恐らく嫌な顔をしつつ元親に同意するだろう。

話の論点がずれたことに気付き、軌道修正をする為にやや強引に元親は話を続けた。

「あいつは…今じゃ思いもよらねぇだろうが当時はガキ大将でな…手下というか…まあそいつらが勝手に群がってただけなんだろうが…」

おかしそうに告げる元親の目は、過去を懐かしむように遠くを見ていた。

「まあそういうのが一杯いて…で、主に俺を苛めるのがその手下共で…元就は興味なさそうにしているのが常だった」

今の元就なら「生温い!!」などと言って、鞭やら割れ竹やらを持ってきそうだが。

「でもある日、元就が凄い勢いで俺のこと罵倒してよ…」

その映像は何故か二人とも鮮明に思い描けた。

「そん時は何言われてるか分かんなかったけど…今思い出してみれば、言われっ放しでめそめそ泣いてばっかの俺にキレたんだろうな」

貴様はそれでいいのか、プライドはないのか、悔しくないのか、泣く以外は出来ないのか、何の為に生きるつもりだ。

「元就のあまりの剣幕に手下の方がビビっちまってよぉ…それ以来、俺を苛めるのは元就だけになったんだよ」

もともとの性格がきついのか、元就は誰にでもはっきりとものを言う子供だった。

だから、当時の元親は他の皆と同じ扱いをしてくれる元就に、何を言われても辛くはなかった。

「いや…本当は苛めてなんかいねぇんだよな…あいつはそういう奴だ」

言い方はきついけれど、元親のことを思ってついつい荒い口調になってしまっていると、分かったから。

それに何だかんだ言って、結局ずっと一緒にいてくれたのは元就だったのだから。

「fall in love の瞬間か?」

「ああ、マジでこいつをモノにしてやろうと…」

「何を話している…?」

不機嫌そうな声に振り返れば、いつの間にか元就が元親の背後に立っていた。

呼び出しの理由は大したことがなかったようで、思ったよりも早い。

「よお。逢いたかったぜぇ、も・と・な・り」

「散れ」

表情一つ動かさずに言い放った元就は、今度は思い切り眉を顰め

「…誰の話をしていた」

「お前の話」

意外と嫉妬深い元就が、何か誤解をしていると気付いた元親は簡潔に答えた。

信じたのかそれ以上は何も言わなかった元就は、何か珍しげなものを見ているような政宗と幸村の視線に気付くと不機嫌そうに

「何だ?」

「いや…別に…」

「何でもないでござる…」

そう言った二人は元就をまじまじと見た後、お互いを見詰め合っている。

制服の上着のボタンを政宗は半分くらい外し、幸村は二つくらいボタンを外して着ている。

元親に至っては上着のボタン全開である。

校則があまり厳しい学校ではないので、生活態度の真面目な幸村でさえ赤いシャツを覗かせていても平気なのだ。

もう一度、元就に視線を戻した二人は再びまじまじと目の前の麗人を眺めた。

恐らくこの学校で彼一人なのではないかと思わせるほど、きっちりとホックまで止められた学生服。

その下は見えないが、いつもピシッとした学校指定のワイシャツを着込んでいると知っている。

切れ長の涼しげな目元と引き結ばれた薄い唇は理知的で、どこからどう見ても文句なしの優等生。

今やガキ大将の面影などどこにもない。

「今なぁ俺とお前の馴れ初めを話してやっていたんだ」

馴れ初めという言葉に更に眉間に皺を刻んだ元就だが、ふいに目を伏せると

「…お前にとって、あれは消したい過去ではないのか?」

「べっつに〜…折角のお前との思い出だしな」

「…恨んでは…いないのか?」

「いや?だってあれだろ?お前…好きな子ほど苛めちゃうってタイプだろ?」

それに関しては異論はないのか、苦々しい顔をした元就は

「素直なまま育ったら嫁にもらってやったものを…」

「俺が嫁ねぇ…夜の立場が逆転するなら喜んで嫁ぐぜ?」

「…夜?」

不思議そうにきょとんとしていた元就に、嫌な笑みを向けて

「いや、だから…ベッドの中では俺がお前にツッ込…」

「黙れ!!」

即座に大声で遮った元就は、その真っ赤な顔とは裏腹に意外と冷静なのかもしれない。

少なくとも言葉も無く固まってしまった幸村と、幸村の耳を塞ごうとして失敗した手を彷徨わせている政宗よりは遥かに冷静だった。

「お前という奴は…」

「だってよぉ…俺はあの時からお前が気になってたんだぜ?」

十年以上も想い続けたのだから、もう少し報われてもいいだろ。

怒りに握り締めた拳を震わせる元就に、そう告げる元親の目の前でその手から力が抜けていく。

「…ふん」

照れたときの癖なのか、そっぽを向いてしまった元就に、期待三分の一不安三分の一恐怖三分の一ぐらいの割合で元親が

「そういうお前はいつ俺を好きになったんだ?」

不満そうに唇を尖らし、元就に「お前など好きではないし、これからもそうだ」とでも言われること覚悟で問う。

「何だ?気付いていなかったのか?」

だが元就はわざとらしいほどに驚いた様子を見せ

「初めて見た時だ」

そう言って、お世辞にも穏やかとは言えない笑いを浮かべていた。

「本気でお前をモノにしてやろうと…な…」

むしろ凶悪な笑みに、元親の過去の経験が警鐘を鳴らす。



だが、それでも再び元親は恋に落ちた、らしい。