政務の合間、珍しく自発的に休憩をとることにした元就は、不意に障子戸を開いた。

そして更に彼にしては珍しくだらけた様子で、上半身のみを乗り出すようにその向こうを見やる。

しばしきょろきょろと左右を見回していた元就は、急に縁側のある一点に視線を止めると、ひどく驚いた表情を浮かべた。

「何だ…こんなところに…」

他愛ない。

最近顔を見せないと思ったら…こんなにも近くにいたのではないか。

「少し…若返ったな」

一番長く過ごした時間よりも、ずっと若い。

少年と言っても差し支えない面持ち。

精悍な顔立ちになるほんの少し前だ。

会う度に大人びていく彼を、年甲斐もなく好いていたことを思い出す。

「ああ…我は息災ぞ」

聞かれてもいないが、彼なら心配そうに尋ねるだろうと、先手を打って告げた。

隣に腰かけ、庭を眺める。

「ん…?あの花か?」

庭の一角に目を向けて、彼に渡された花を思い出す。

「すまぬな。実は枯らせてしもうたのだ」

名すら知らない花は、植えた数日後に枯れてしまった。

「そう拗ねるな。我とて手は尽くしたのだ…」

枯らしたくなかったが、花など育てたことはおろか、愛でる習慣すらなかった元就にはどうすることも出来なかった。

「出来れば…ずっと咲かせて、お前と離れても、忘れないようにしたかった」

ふとそんなことを呟いた後、照れくさくなったのか、わざとらしい咳払いをする。

「あれは…真っ赤な花であったな?」

とても、綺麗に、笑って

「ふん…数十年程度では我の記憶は薄れぬわ」

護身用に持っている短刀を引き抜いて

「また…咲かせてみせようか?」

やせ細った血の気のない腕に、滑らせた。



「父上!?」

肩を掴んで揺さぶる相手が、あまりにも彼に似ていなくて…それでようやく現実に引き戻される。

「隆…元…?」

「……はい」

全くの赤の他人なのだから似ているはずもない。

それが、救いだった。

手際よく手当てをする真剣な表情を見つめる。

忘れようとしたからだろうか。

彼がもう『いない』ということさえ、忘れてしまった。

「何故…?」

それは、彼が死んでしまったから。

「何故…?」

それは、彼を殺してしまったから。

「何故…?」

それは、お互いに守るべきものがあったから。

「何故…?」

それは、それを承知で、愛していたから。

「…違う」

本当は、割り切れない思いがあった。

それでも、愛してしまった。



「あいたい」



まだ、狂いきれない。

まだ、守るべきものがある。

だから…まだ…

「…まだ…だ…」

でも本当は、既に狂っているのかもしれない。



そんな父を見ないように、隆元は俯いたまま傷の手当てを続けた。

まるで赦しを請うように。