父の愛とも違う。
母の愛とも違う。
この温もりは…理解不能。
「ねぇクーりん…ねぇってば…」
陰気としか言いようのない男に懐かれてから、時折胸を衝くように湧き上がる温もり。
心臓が苦しくて、熱くなる。
憎んだ世界に、ワケの分からないものが生まれてしまったらしい。
「ふふ…空気以上に存在を否定された気分だよ…」
また剃刀を取り出そうとしている忍の手を、無言で押し留める。
止めてもらえたことが嬉しいのか、不気味な笑みで忍はクラーケンを見上げた。
だが、見上げた表情がやけに気難しいことに気付くと、普通の苦笑を浮かべ
「どうしたの?」
まるで子供に問い掛けるように、首を傾げてクラーケンをじっと見つめる。
この思いはなんだろう。
そっと手を伸ばして、その頬に触れる。
驚いた表情を浮かべたものの、忍は逃げることはなかった。
微かに笑みを浮かべて、クラーケンの手に己の手を重ねた。
分からない。
…分からない。
竜王が「分からないことは聞けばいいんだよ」と言っていたことを思い出した。
今更、父親の言うことを実行するのはどうかと思ったが、それ以上に知りたいと思う。
「おい」
「なぁに?」
「…今、無性にお前を抱き締めたいと思うのだが…」
「へ?」
「この感情は、何だ?」
正面切って何だと聞かれても…
しかもそれを本人に聞かれても…
そして何より、それはもしや…
「…愛しい…ってやつ…かな?」
忍だってあまりそういう感情に聡いわけでもない。
曖昧に答えた後、その答えに自ら赤面した。
「愛しい?」
「…うん…もしかしたら、そうかな…って…」
これで違ったら恥ずかしいことこの上ない。
しかし、クラーケンは納得したらしい。
「そうか」
それだけ呟くと、本当に忍を抱き寄せた。
「ええぇっ!?」
柄にもなく大声を上げる忍を気にかけず、そのまま深く抱き込んでいく。
「く、クーりん…?」
恐る恐る声を掛けると、まだ暴れる忍に不機嫌な声で
「まだよく分からないが…悪くはない」
そう告げ、全ての抵抗を奪うようにきつく抱き締めた。
「……そう…だったら…抱いててよ」
ようやくもがくのを止めた忍は、そう呟いてその身を預ける。
忍が微かに笑う度に首筋に当たる息に、不意に不安になった。
この温もりが消えてしまったら、自分はどうなるのだろう、と。
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