ある〜日〜森の中〜

「獣人…?」

「がう?」

鳥人に〜出会〜った〜♪



獣姿のままだと、気楽に撫でられてしまうと気付いたタイガーは、すぐさま人型になった。

「なんだ…思ったより年が多いな…」

撫でようと差し出した手もそのままに、その鳥人はぼそりと呟く。

獣姿のタイガーを見て、少年だと思っていたらしい。

「なんだ?」

まじまじと羽を見詰めるタイガーに、鳥人が不思議そうに訊ねると

「黒いのも綺麗」

誰と比較しているのか分からないが、羽を褒められていることには間違いない。

鳥人としてのシンボルである羽は、同時に彼らの誇りでもある。

「お?そうか?嬉しいこと言ってくれるねぇ」

照れ臭そうに笑う鳥人に、タイガーも笑い返す。

あまりにも無防備に笑うものだから、鳥人は苦笑して

「獣人ってのは…鳥人が嫌いじゃないのか?」

敢えてそう問い掛けてみる。

しかし、タイガーは一瞬きょとんとした後、再び笑った。

「鳥人は、綺麗」

その言葉に、黒い羽の鳥人は瞠目するしかなかった。

過去の戦争で自分が潰した獣人の部隊の中に、虎がいなかったとも言い切れない。

9年経った。

いや、まだ、9年しか経っていない。

遺恨は残っていて当たり前だ。

それでも…



「戦争は、終わったから」



その時は嫌いだったかもしれないけれど。



「今は、大好きだ」



そう言って笑うタイガーに、ハヤテは泣きそうな笑みを浮かべた。







ついつい話し込んでしまい、タイガーが家に帰る頃には既に日が大分沈んでしまっていた。

夕食を作りに来ていたバードにたっぷりお小言を貰った後、皆揃っての夕食となる。

何の連絡もないままタイガーが遊びほうけるなど今までになかったので、まるで母親のようにバードは

「何か変わったことでもあったのか?」

「鳥人と友達になった」

「お前…友達作んの上手いなぁ…」

感心しているのか馬鹿にしているのか、皿を引き寄せながらシンタローは呟いた。

「どんな奴なんだ?」

世間は意外と狭いから、もしかしたら知り合いかもしれないとバードも軽い気持ちで問い掛ける。

「黒い羽だった。明日も会う約束した」

「へぇ…って、黒い…羽…?」

別に黒い羽を持つ鳥人が珍しいわけではない。

ただ、バードにとって黒い羽を思い起こさせる人物は一人だけだった。

「…明日、どこで会うんだ?」

義兄になっていたかもしれない、あの人だけ。







何の連絡もなく急に帰ってきた息子に、母は「遂に婚約者が!?」と大騒ぎだった。

それを申し訳なく思いつつ、バードは姉のミヤコに、タイガーから聞いた鳥人のことを告げる。

告げてどうなるわけでもない。

告げたことで姉を惑わせることになるかもしれない。

「姉さん…」

気まずい思いで声を掛けると、それまで黙っていたミヤコが微笑み

「行くわ」

はっきりとそう言い放った。

迷いなど、微塵も感じさせない笑みで。

「姉さ…」

「そろそろ待つのに飽きちゃったもの」

そんな穏やか過ぎる笑みを浮かべる姉を、バードは初めて見た。







翌日、タイガーには何も告げずに、今日会う約束をしたという場所へ先回りしていた。

鼻のいいタイガーに気付かれる前に、ハヤテを確認できるか。

勘のいいハヤテに気取られてから、逃げられないか。

どちらにしても賭けでしかない。

だが、運命はミヤコの味方だったらしい。

「おう、遅くなって悪ぃな」

「がう、今来たとこ」

まるで示し合わせたみたいに二人は同時にやって来た。

その目にハヤテの姿を認めた瞬間、思わずミヤコは飛び出していた。

「ハヤテ!!」

「なっ…!!ミヤコ!?」

慌てて飛び立とうとするハヤテを、ミヤコは声の限りに叫んで制止する。

「待ってハヤテ!!私を…っ!!」



私を…?

攫って?

連れて行って?

どこへ?

これから?

どうやって?



違う。

…違う。





「貴方を…奪いに参りました」





凛とした表情に声。

それでも拒絶を恐れて揺らぐ瞳。

「参ったな…」

こういう気丈なところが苦手で…

そういう臆病なところが怖くて…

…とても、とても愛しいのだ。



「本当なら、俺が言うべきだったのに」



だからハヤテは苦笑いで手を伸ばし、愛しい人をその腕の中に捕らえた。







二人を置いて、帰路に着く。

「バード…大丈夫なのか?」

「は?何が?」

「あの二人…本当に、駆け落ちしたら…」

「あぁ?何心配してんだ。うちの女どもは強ぇんだよ」

逃亡生活になろうと、ミヤコはどんな困難も乗り越えていくだろう。

ようやくハヤテと共に生きられるのだから。

娘が駆け落ちしたと知ろうと、ツルは微笑むだろう。

それどころか、ようやく幸せになると、安堵の溜息をもらすかもしれない。

「俺も…奪いに行こうかな…」

「だっ、駄目だ!!」

あまりの剣幕に、バードの目が大きく見開かれる。

しかし、直ぐに力なく笑うと

「奪う前に釘を刺されちまった」

「…バードは…ここにいればいい」

「……しょうがねぇなぁ…」

「我侭言って…ごめん」

「気にすんな。奪いに行く必要はなくなったみてぇだかんな」

「え?」

「奪いに行くつもりだったのは…てめぇだよ。ばか虎」

「え…?……バ…バードっっ!!」

「ぎゃああぁぁぁあぁっっ!!死ぬ!!離せ!!折れるぅっっ!!」







「…何か…弟の叫び声が聞こえた気が…」

「気のせいだろ?俺には嬉しい悲鳴に聞こえたぜ?」

「ええ。そうね」

「んじゃ…どこへ行こうか?」

「え?」

「おいおい。奪って行ってくれるんじゃないのか?」

不安もあるけれど、待つだけの日々より、ずっとマシだから。

「そうね…どこへ連れ去ろうかしら」



二人で顔を見合わせて、微笑みあえる幸福を噛み締めた。










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