太陽が沈んでしまう前に、いつもバードは帰っていく。

「んじゃ、またな」

名残惜しさなど微塵もなく、そう言うとあっさり飛び去ってしまう。

夕日に照らされ微妙な色合いを見せる青い羽を、ぼんやりと眺めていたタイガーは思わず呟いていた。

「いいな…」

「何が?」

そう問い掛けてくるヒーローの無邪気な目を、タイガーも真っ直ぐ見つめ返す。

「空…飛べて」

「パーパもヒーローも飛べるぞ〜?」

「うん。だから羨ましい」

ちょっと困ったような笑みで

「俺は、空に手を伸ばしても…触れられないから」

そう言って空に手を差し伸べるタイガーの不安が伝わったのか、小さな子供は反対の手を引っ張って

「ヒーローがおっきくなったら、タイガーも一緒に飛ぼう!」

自由人の力なら、人型のタイガーでも持ち上げられるかもしれない。

「楽しみにしてる」

本当に叶いそうな希望に、漸くタイガーはいつものように微笑んだ。







昨日とは逆にバード宅へ(迷惑になること目的で)いつもの英雄の顔ぶれで押しかけた。

「よぉ」

「飯食わせろよ」

「来たぞ〜」

「来んな」

いい具合に迷惑になったことに、シンタロー達が思わずガッツポーズ。

それに、文句の一つでも言ってやろうと、振り返ったバードの目の前にはタイガーがいた。

無言で見下ろすタイガーに、すぐにバードはいきり立つ。

「何だよ…喧嘩売ってんのか?」

しかし、その背の羽をじっと見詰めていることに気付いたらしく口を噤んだ。

ゆっくりと手を伸ばすタイガーを、バードはただ不審そうに見ているだけ。

その為抗う間も無く、気付けば二本の腕に閉じ込められていた。

「なっ!?てめぇ…なに…」

「ヒーロー…俺の願い…叶った」

そう言って笑ったタイガーの顔は、今にも蕩けそうなくらい幸せそうだった。

「凄いぞタイガー」

とても嬉しそうにヒーローも笑う。

「はあ?何言ってんだ?」

もちろん、ヒーローとタイガーの会話を知らない者からしたら不可解極まりない。

だが、続いて告げられたヒーローの言葉に、何となく事情を察した。

「パーパもヒーローも…バードだって、空には触れられないんだぞ」

「空?」

自分をぎゅうぎゅうと締め付けてくる虎は無視する方向で、バードはヒーローを見つめる。

だがバードに答えたのは、タイガーの声だった。

「バードの羽は空の色だ」



それは、空をぎゅっと集めた色。



無視しようにも、言葉を発するとなると流石に無視しきれなくなる。

「空っつってもなー…こんなに色は濃くないだろーが?」

苦しさの中、ようやく突っ込んだバードの言葉はあっさりと流される。

肩口に埋めた顔を移動させたタイガーは、バードの羽の付け根に口付ける。

「───っっ!?なにっ…!?」

振り払えないながら、身をよじることでそれを止めようとする。

もっとも口付けると言うより、顔を埋める感じだったのだが。

その気恥ずかしさは同じだろう。

「離せ…」

「いやだ」

「はーなーせー」

「いやだ」

傍から見たらバカップルでしかない光景に、シンタローはヒーローの目を覆っている。

「じゃっ、俺らはこの辺で…」

気を利かせて去っていく英雄達を、恨みがましげにバードが見ても、事態は好転しそうにない。

「…もうお前ら…訳が分からん…」

暴れるのに疲れたのか、特に害がないと分かったからかは本人にしか分からないが、バードはすっかり抵抗する気をなくしている。

それをいいことにタイガーの行動がどんどんエスカレートしていた。

かなりバードの羽に執着しているらしく、わさわさと撫でる。

「ちょ…っっ!?…そこ、っは…触ん、なっ…て…」

バードが嫌がってそんな声を出した場所は、逆に執拗なまでに触る。

「せっ、セクハラだぞ!?」

「…違う。空に触れているだけ」

「そ、んな…屁理屈…通用するか!!」

「……でも、バードには通用してる」

いつもの無邪気な笑顔ではなく、どこか男臭い笑み。

屋根に阻まれて空は見えないけれど、バードは空を仰ぐようにして呟いた。



「…ああ、もう…」



どうにでもなれ。







この後、本当にいいようにされたバードは、シンタローに八つ当たりをする羽目になる。










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