彼 に つ い て の 考 察






 <考察その1.子どもに甘い>



 どたばたうるさい。すこしは落ち着け。耳元で大声で叫ぶな。
 俺がどれだけ声を枯らしても、聞きゃしない。
 何となく寄ってみただけなのに、とたんに騒ぎに巻き込まれた不運な俺。

 次から次に、同じ顔がわらわらわらわら寄ってたかって。
 ムジナたちが騒がしいのはいつものことだが、今日は特にひどい。


「テメーもなんか言えってのッ!!」
「がぅ〜…っ」

 同じように、わらわらわらわら寄ってたかられている虎。
 ムジナに捕まって身動きできない虎ってどーなのよ。
 振りほどくわけでもなく、困った顔でオロオロオロオロ。

「お前が甘やかすからコイツら図に乗るんだぞッ?!!」
「でも……」
「愛のムチって言葉を知らんのかバカ虎ッ!!!」

 むちー、と言いながらどこからか取り出した鞭を振るうムジナ。
 ぴちゃりと叩かれた虎は、がぅっ、と短い悲鳴をあげた。
 こいつは子どもに対して甘い。甘すぎる。












 <考察その2.鷹揚>



「トリぃー、聞いてくれよ」
「……ンだよ?」

 ムジナを説得するためには、拘束されることが前提条件らしい。
 簀巻きになった俺のうえにちょこんと座って、ムジナが力説し始めた。

「こいつがさ、ぼくの頭叩いたんだー」
「違うよ。ぼくじゃないよ。ぼく、しっぽ噛まれたんだ」
「ぼくじゃないよ。こいつだよ!」
「違うよ。しっぽを噛んだのはこいつだもんー」
「ぼくは足踏まれたー」
「耳ひっぱられたー」
「おやつ取られたー」

「……とりあえず、俺を演説台にすんのヤメロ」

 チリも積もれば何とやら。
 一匹一匹は軽いからいいとしても、何匹も一斉に乗るな。重い。
 てか、つぶれる…。呼吸が……。

「けちだな、トリ」
「ケチー」
「けちんぼー」

 けちけち連呼しながら、ムジナたちはまた、たかってくる。
 やがて俺の上で盛大に「けち」の大合唱。
 さっきまで内部分裂してたくせに…!

「じゃかぁしぃわーッツ!!!」


 こういう場面で、たいてい先に火を噴くのは俺だ。
 しかしあえて言っておく。俺が短気なんじゃない。
 俺といつも一緒に捕まる虎が呑気だから、俺が短気に見えるだけだ。


 ムジナたちは甲高く鳴いて、一斉に虎の後ろへ隠れる。


「バード、落ち着け」
「落ち着けるかーッツ!!!」
「…大人気ないな、トリ」
「こどもー」
「ッ! この……っ」

 こめかみあたりが引きつるのは、やはり俺が短気で「大人気なく」て、「こども」なせいか?

 その点、おとなしく捕まっている虎は鷹揚に構えている、と、見えなくもない。














<考察その3.要領がいい>



「まったくトリは短気だな」
「トリだからなー」
「大人気ないしな」
「こどもだからな」

「言いたい放題だな、オイ…」

 ムジナの大合唱(輪唱?)は続いていた。

「トリはすぐ怒るからなー」
「その点、タイガーは全然怒らないもんな」
「タイガーの方が大人だ」
「ほら」

 ムジナが一斉に指をさす。

「……」
「がぅ?」

 見慣れたまん丸フォルム。
 どうかしたのか、といわんばかりの表情。
 しっぽをつかんで、きゃっきゃとはしゃぐ赤ポコ。


「タイガーは大人だなー」
「すぐ怒る誰かさんとはまるで違う」
「赤ポコとも遊んでくれるしな」
「ギャーギャー騒がないしな」


 誰か教えてくれ。
 俺が悪いのか? これは俺が悪いのか?!

 頭を抱える俺を、虎はやっぱりオロオロしながら眺めている。
 それを見つけたムジナたちが虎を褒めまくる。
 「トリなんか心配してやるなんて、やっぱりタイガーはいいやつだー」と。
 くっそー…要領のいいヤツめ…。














 <考察 まとめ>



「バード」
「……」
「バード、怒ってるか?」
「怒ってねぇよ」

 不自然なほどの即答に虎は疑いの眼差しを向ける。
 嘘をついてることは自分でもわかっているので、すこし居心地が悪い。

「バード」
「…ンだよ」
「バードはムジナたちに好かれてるな」
「な?!」
「バードが来る日は、いつもはしゃいでる」

 そりゃ、はしゃぐだろうさ。玩具がのこのこやって来てくれるわけだからな。
 ちくしょう。あいつら散々人を弄びやがって…。
 俺の腸は煮えくり返っている。
 なのに、子どもに甘い虎から見れば、こんなにも楽観的解釈に至るのだ。

「あのなぁ…」
「?」
「お前、ほんとにそう思ってるか?」
「ああ」
「………」

 そんなに自信満々に頷かれると、何も言えなくなる。

「お前こそ、ムジナたちに好かれてるから、そんなこと言ってられるんだ」
「がぅ?」
「俺の身にもなってみろ。わらわらわらわら、人に乗っかりやがって…」
「ムジナ、群れる習性がある。無意識。だけど、バードのこと、仲間だと思ってるから」
「……。過激な愛情表現だな、オイ」
「がぅ」

 苛立ってる俺の愚痴も、鷹揚なお前にかかれば、何ほどのこともない。
 こんなことで苛立ちの棘が消える俺は、単純だろうか。

「……やっぱり俺、ガキなのかも…」
「そんなことない」

 あたたかい尾が、腕に触れた。
 そのままくすぐるように、さわさわと触れ続ける。

「? どした?」

 虎の尾は動き続けた。
 掌にもぐりこもうとしたり、腕に絡まろうとしたり。
 とんとんと体を叩いてきたり、誘うようにゆらゆら揺れたり。

「ガキみたいなことしてんなよ」
「バード、ちゃんと大人」
「は?」
「子どもを甘やかすのが、大人の仕事」




 それはつまるところ。



「甘やかせってことか??」



 答えはなく、ただ長い尾が揺れるだけ。











 タイガーは、子どもに甘く、鷹揚で、要領がいい。

 しつけに厳しく、短気で、不幸な俺との相性は最高だ。










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