強盗が立てこもった廃屋にて、火事発生。

  強盗全員が負傷。

  人質2名…軽症。

  火はなかなかおさまらず、夜を徹しての消火活動。



  以上が今回の事件の、おおまかな被害である。

  ロイ・マスタングが指揮をした事件の…







  ノックもそこそこに勢いよくドアが開く。

  部屋にいたいつものメンバーが驚いて見ると、そこにはやけに上機嫌なエドがいた。

  その後ろには鎧姿なのに、呆れているという雰囲気をかもし出すアルがいる。

  エドは満面の笑みを崩さないまま、辺りを見回した。

  そして目的の人物を見つけると、まるで待ち合わせに遅れてやって来た恋人のように

  「た〜いさっ♪」

  などと言いながら、ロイの側に駆け寄る。

  尋常でない様子に、部屋の空気が凍りつくがそんなことエドは一向に構わない。

  「どうしたんだい?」

  ロイもそんなこと構わないらしく、まるで待ち合わ(略)た恋人を待ち受けていたかのように微笑む。

  だが、その笑顔はエドがニヤリと笑った瞬間、凍りついた。

  「大佐さんよ〜いいわけ?市民を危険な目に逢わせてさ〜」

  今までの甘い(一部だけ)雰囲気はどこへやら。

  性質の悪い笑顔で嫌味を言い始めるエドに、ロイは内心冷や汗をかいていた。

  どこから事件のことを聞いてきたのか知らないが、エドはロイをいじめる気マンマンだ。

  「し、仕方あるまい。それ以上の危険が及んだかもしれないのだから…」

  さすがに気まずいのか、ロイの言葉も歯切れが悪い。

  そして、この機会を生かさない人間は(もちろん)ここにはおらず…

  「火の後始末すら出来ないとは…」

  ホークアイの呆れたような声を筆頭に

  「本当に無能だな♪」

  ここぞとばかりに嫌味を言うエドワード。

  「に、兄さんっ!でも…放火するだけなら子供でもできますよね」

  悪意の欠片も全く感じさせずに、結構痛いとこを突くアル。

  「かっこつけるだけならいいのですが…」

  言いにくそうに言葉を濁すファルマン。

  「かっこつけるためだけに放火までされちゃあ…」

  迷惑だ、と目だけで語っているブレダ。

  「大佐の付けた火って、本人に似てしつこいんだよなぁ〜」

  いつも尻拭いをさせられており、実は昨日は徹夜だったハボック。

  日ごろの恨みとでも言うべきか、好き勝手に言い始める。

  散々、文句を言われたロイは急に机を叩いて立ち上がる。

  「…私の焔は…迷惑だとでも?」

  感情を押さえ込んだ低い声に、その場にいた全員がまずいと思った。

  死者がでるかもしれないなどと、とりとめのないことまで思った。

  「そ、そんなことありませんよ。大佐のおかげで事件が早く片付いたこともありますし…」

  唯一、ロイに対する苦言を呈しなかったフュリーが必死にフォローをする。

  そんなフュリーを一瞥した後、ロイは部屋を見渡し不適に笑う。





  怖っっっっっ!!!!!!!!





  ロイがそういった笑いをする時は、大抵ろくなことが起こらない。

  「まあ…確かに私は火を点けることは得意だが…」

  何を言い始めるかと身構えた面々の予想を裏切って、ロイはそう言うと大人しく椅子に身を預ける。

  「消すことも可能なのだよ?」

  やれやれといった風に肩をすくめるロイに、何かを思い出したのか

  「あ…酸素濃度…」

  アルが呟くと、ロイは満足そうに頷きながら

  「そう。酸素濃度を調節して、鎮火させることもできる…が…」

  そこで区切ると苦笑いを浮かべながら

  「人間がいると、それもできないだろう?」

  その言葉に、それまで言いたい放題言っていたメンバーは納得したようだ。

  そうだ。

  酸素濃度を下げると、人間まで酸欠にしてしまう。

  「すみません大佐…」

  「悪かったよ」

  「ごめんなさい」

  「申し訳ありません」

  「すみませんでした」

  「すんません」

  口々に謝る人間に気を良くしたのか、ロイは普段は浮かべないような柔らかな笑みを浮かべた。

  滅多に目にすることの出来ない笑みに、部屋の雰囲気まで柔らかくなった気がした。

  「それに…本当は点けるより消すほうが得意なのだよ?」

  「マジ!?」

  「点けるのは誰でも出来るさ」

  エドが少し尊敬を滲ませた目でロイを見ると、ロイはエドに微笑みかけ

  「私にとっては炎を消すのは造作もないことさ」

  と言ったかと思うと、謎のポーズ(本人カッコイイつもり)をとり言い放つ。

  「特に恋の炎を消すのは得意だ」

  「「「自慢になってねぇっっ!!!!!!」」」

  「ってかサイテー」

  ぼそりと付け加えられたアルの言葉に

  「何を言う!!きちんとした消火をしなければ、ここにいる人間に飛び火するかもしれないんだぞ!!」

  こっちは最初から遊びだと宣言しているんだ!!

  職場にまで押しかけてこられたら迷惑この上ない!!

  それに恋人のいない男どもに羨望の眼差し、もとい嫉妬を向けられるのはウザイ!!

  やけに切羽詰った声で熱弁を振るうロイの部下は、自分達の将来が黒く染まっていくのを感じた。

  特にハボックの落ち込みようは、見ていて気の毒なくらいだった。

  その間もロイは『いかに女性との関係をうまく終わらせるか』ということを熱く語る。

  あまりにも下らない話に、沸点の低いエドワードが遂に怒鳴る。

  「だったら火の粉をまくんじゃねぇよ!!」

  「はっはっはっ…ヤキモチかね?」

  「なっ…違うに決まってんだろ!?」

  説得力皆無の真っ赤な顔。

  「ふふっ…素直になりたまえ」

  こいつもとことん人の話を聞かない。

  「違うって言ってんだろ!!」

  必死になって否定をするほど、肯定をしているととられることが多い。

  例に漏れずロイもそれを肯定と捉え

  「安心したまえ…君にこの想いを告げてからは…女性とデートは一切していない」

  うっとりするほどの甘い声プラス切なくなるほどの笑顔。

  「…ほ…ほんと…か?……──ってそうじゃなくって!!」

  「ああ、本当だとも」

  「だから、そうじゃねぇっっ!!」

  危うくほだされかけたエドは、真っ赤な顔で殴りかかる。

  「まさか君からこの胸に飛び込んできてくれる日が来ようとは…」

  殴りかかってきた右腕(本気の表れ)をあっさり捕らえると、ロイはそのままエドの体を引き寄せ抱き締める。

  「は〜な〜せ〜!!離せよこの変態!!」

  「ああっ!!私のエドワード!!」

  自分の世界に入ったロイを止められるものはいない。

  ただ一人を除いて…



  ゴリッ



  「五秒だけ待ちましょう………5…」

  銃口をロイの頭に突きつけているのはホークアイ。

  「…4………3…」

  「たっ、大佐!?まずいって!!」

  身動きすらしないロイに、エドは焦ってロイの胸を叩く。

  「2…」

  それでもまだロイは離れない。

  「…1……ゼ」

  ロ…とホークアイの唇が形どる前に、ロイは弾かれたようにエドから離れる。

  「危ない危ない…」

  「あっぶねぇ〜…何考えてんだよ大佐!!」

  エドは本当に離れないかと思ったらしい。

  「君のことだよ?」

  「じゃあな」

  あっさりと答えるロイに、エドは背を向ける。

  「まあ聞きたまえ!あと五秒ということは、あと五秒は君を抱き締めていていいということだ!」

  「馬鹿だ…」

  エドもそれ以上言う気にならなかったようで、がっくりと肩を落とした。

  「あ〜もうどうでもいいや。アル〜行くぞ〜」

  頭をがしがしと掻きながら、脱力した様子でエドは部屋を出て行く。

  「えっ!?兄さん!?…す、すみません…えと…ではまた……お邪魔しました!」

  アルもドアのところで一礼すると、逃げるように慌てて出て行く。

  流れるような動きに、全員が呆然とドアを眺めていたが

  「…………鋼の?」

  逃げられたことにまだ気付いていない情けないロイの声に、全員が仕事に戻っていった。

  ただ一人ドアを眺めているロイに、ホークアイは近付いていく。

  ロイが縋るような気持ちでホークアイを見上げると、もちろん笑顔など浮かべているはずもなく

  「大佐。いい加減現実を見て下さい」

  むしろ冷たい目でそう言った彼女の手には、大量の書類があった。







  「…なあ…アル…」

  「なあに?兄さん?」

  「大佐ってさ…本当に火は消せるのかな…?」

  「…原理としてはありえなくはないと思うけど……結局あまり大きな火は消せないんじゃない…?」

  「だよなぁ…大佐の力で消せる範囲って言っても…たかがしれてるよなぁ…」

  「…ねぇ…兄さん…本当に大佐のこと好きなの?」

  「──っっ!!好きじゃない!!」

  「またまたぁ〜真っ赤になっちゃって〜…ほんとに素直じゃないなぁ…」

  「うっさい!笑うな!!」

  「はいはい」

  「〜〜〜〜〜っっ!……で、でもまぁ…あれだ…牛乳よりは………好きだ」

  (それって…どういう例えだよ…)










  数日後、実は恋の炎以外の消火活動において、さほど役に立たないと判明した某錬金術師は…

  部下達にさり気なく馬鹿にされ、書類の山の影で泣き崩れていたとか?






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