母はこういうものだったな。
甲斐甲斐しく夕食の準備やら001のミルクの準備やら掃除やら…
自分だったら途中で投げ出しているであろう細かいことも、進んでやっている。
女という生き物自体がそうなのか、彼女の性格のなせる業なのかは、男の自分には判断付きかねるが。
彼女を手伝うという選択肢がなかったわけではないが、家事をするのは嫌なので黙って座っていた。
新聞を読んでいたのは、先程までのこと。
じっくり読みすぎたせいで、ほとんどの内容が頭にはいってしまったかもしれない。
それを振り払うように視線をめぐらすと、姿は見えないが聞こえる音からして、彼女はまだ何かをしているみたいだ。
001と003と自分だけしか、この家にいないようで、いつもは賑やかな家が静まりかえっていた。
近くの海の音が、窓を開け放しているこの部屋に届けられ、望郷とも呼べる感傷がやってくる。
そのせいだろうか、不意に歌を歌いたくなった。
『歩き続けている僕らの傍らに、いつも女神が微笑んでいる。前を向き続けている僕らの側で、今も女神が微笑んでる。
それは僕の神様であり、僕らみんなの心の拠り所』
かなり古い歌を思い出し口ずさむと、タイミングが良いのか悪いのか、洗濯物を取り込んだ003が現れた。
今まで動きを止めなかった彼女だが、さすがに思いもかけないことだったようで、驚いて立ち止まっている。
少し気恥ずかしくなったが、視線を逸らすだけで誤魔化し、そのまま歌をやめないでいると、そっと隣に腰を下ろした気配がした。
歌い終わった後の沈黙に耐えられないと思っていたが、すぐに003は笑顔を浮かべて口を開いた。
「温かい歌ね」
歌なんざあまり歌ったことがないが、それなりに歌えたようだ。
「…隣で女神が微笑んでいる」
ちょっとした悪戯心だったのだが、みるみる003の顔が赤くなっていく。
そうなると、こっちまでなんだか照れくさい。
「………また…聞かせてくれる?」
耳を澄ましていなければ聞き取れなかったかもしれない声量。
聞こえたからには返事をするのが当然のこと。
「もちろん」
うまく笑えたかは分からないが、彼女が微笑んだので、割といい笑顔を浮かべられたようだ。
それから、洗濯物を畳んで、夕食の準備を手伝ってみた。
一瞬だけ母とは違う微笑みが浮かんだが、今は忘れよう。
今は、目の前の女神の笑みを。
BACK