不意に聞き覚えのある声が、聞こえた気がした。







「どうした?009?」

002に呼びかけられて、立ち止まっていたのだとようやく009は自覚した。

「…え?ううん。何でもないよ。ごめんね」

曖昧に微笑んで誤魔化す。

それがいつものことなので、002はそれ以上何も言わなかった。

「ま、早いとこ買い物すませるぞ」

日が暮れた頃に帰って、003に怒鳴られるのはカンベンだ。

そう言って009から見たら、オーバーなほど肩をすくめて溜息をついた002に

「そうだね。急いで帰ろうか」

003に怒られた時の、情けない002を思い出してしまって009は笑った。

よもや自分のことが思われているとは考え付かなかった002は、同意が得られたものと捉えて再び歩き出した。







買い物を済ませた二人は、示し合わせたかのように空を見上げた。

この様子なら日が暮れる前には帰ることはできるだろう。

ゆったりと歩きながら他愛のない会話をしていると

「ジョー!?」

いきなり後ろからかけられた聞き覚えのある大声に驚き、009は勢いよく後ろを振り返った。

「…ヤス!?」

会いたくないわけではないが、会ったら色々まずそうな幼馴染がそこに立っていた。

「お前…久しぶりだなぁ!」

そんな009の心境など分かるはずもなく、いつもの気安さで近付いてくる。

「久しぶり…だね」

でも、やはり会えば嬉しさも感じるもので、009も少し足を踏み出し、微笑んだ。

「この間会ってから5年ほど経ってるもんな…」

009がヤスと最後に会ったのは0013の事件があってから。

思い出すのも辛い事件に一瞬眉を顰めたが、それをも上回る驚きに上手く隠された。

「そんなに…?」

歳をとらない体では、年月の感覚があまり感じられない。

(そうか…本来ならもう23歳くらいなんだなぁ…)

009がしみじみ考えていると、ヤスの視線が002に向いていた。

「それにしても…」

そう言ったきりヤスは002をまじまじと見上げ

「お前…外人の友達がいたんだなぁ…」

心底驚いたように呟く。

002が日本語を理解できないと思っているのか、かなり不躾なことを009に訊ね始める。

どう反応すればいいのか、判断しかねているようで002は眉根を寄せる。

傍から見ればガンを飛ばしているようで、迫力満点だ。

だが009を見ているヤスは、運がいいのかただ鈍いだけなのかそんなことには気付いていないようだ。

「あ、あはは…ちょっとした事情でね…」

いつ002が怒り出すか分からず、009は相変わらずの苦笑とも取れる笑みで誤魔化そうとした。

「まさか…変な事件に首突っ込んでんじゃないだろうな?」

神父の件で、ちょっとしたことにも疑いをかける幼馴染を009は少し寂しげに見て

「違うよ…」

やや力なく首を横に振る。

その不審な様子に、ヤスが口を開きかけた時

「何だ…009の知り合いか?」

今まで黙ってヤスを睨みつけていた──本人はただ見ていたつもりの──002が、ようやく口を開く。

「あ。うん。教会にいたときに一緒に過ごしてたんだ…」

009が振り返って答えると、ヤスはバツの悪そうな表情で002を見る。

「…日本語しゃべれんの?」

「文句あんのか?」

普段通りの言葉遣いのはずなのに、この場合どこか喧嘩腰に聞こえてくるんだから不思議だ。

「いっ、いや…」

本人は全く怒っていないのだろうが、ヤスにはかなりの恐怖だったようだ。

「それに…009って…?この間のパンくれた奴とも関係あんのか?」

002から必死に視線を逸らし、再び009に視線を向け訊ねる。

「あ〜うん。そんな感じ」

うまく説明がつかないので、どうにか誤魔化そうとする。

ヤスはそれ以上突っ込んで聞いてくることはなかった。

「そうか…あ、そうだ!あいつ元気?」

「あいつ?」

「ほら。パンくれた奴」

ヤスの笑顔が直視できずに、009は俯いた。

「彼なら…もう…」

顔を上げられない009にも、ヤスが息を呑んだのが分かった。

暫くして溜息と共に、ヤスが口を開いた。

「そっか…きちんとお礼も言ってねぇのに…」

「うん…」

結局、名前も分からずじまいだった。

少し重い空気が漂い始めた頃、見かねたのか002が口を開いた。

「…帰らなくて…いいのか?」

「あ…もうそんな時間?」

思いのほか長話をしてしまったようだ。

辺りは徐々に夕焼けに包まれ始めていた。

「帰ろうか…怒られちゃうしね」

002を見上げて微笑んだ009に、ヤスが思わずといった風に声を出す。

「そういえば…お前…」

「何?」

言いよどむヤスを促すように009は微笑む。

「歳…とってねぇみたいだな…」

「──!?」

驚きのあまり009は眼を見開く。

隣に立っている002も、微かに身じろぎした。

その二人の反応をどう捉えたのか、ヤスは真剣な表情で口を開いた。

「ま…どんな事情があるのかは知らねぇが…」

「ヤス…僕はっ…!」

「何十年か経ってよぉ…」

009の声を遮るように、ヤスはニヤリと笑った。

「今のままのお前が、年取っちまった俺の前に現れても……驚きゃあしねぇぜ?」

そっちの外人さんも、大歓迎だ。

自らの幼馴染が、年齢を重ねることがないと確信している言葉。

言い逃れることは出来たし、そんなわけないと一笑に付すことも簡単に出来る筈だった。

だが、009はその言葉を肯定した。

「…うん……ありがとう…」

何の含みもない笑顔を浮かべると、ヤスも同じような笑顔を浮かべた。

「いいってことよ。元気でいるならいいさ」

家族だろ?俺達。

最後に呟かれた言葉に『どうせ本物の家族ではない』と不貞腐れていた自分を恥じた。

「じゃあ…またな……ジョー」

夕暮れに影を伸ばすヤスが、背を向けて片手を上げる。

「……うん。ヤスも元気でね…」

またね。とは言えなかった。







幼馴染の背中が見えなくなった後も、暫く夕焼けに染まっていた。




ふいにその肩に温もりが触れた。




ゆっくりと横を見上げると、そこには…




いつもより優しい目をした“仲間”がいた。








またな。とは言って欲しくなかった。




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