人を模して敵を撹乱させる…か。
実際、うまい具合にいってるぜ?
9人中──まあ003は戦闘向きじゃないから実質8人。
みんなぼろぼろ。
なんっつーか…こう、精神的に…
敵が強いわけではない。
むしろよわっちい。
何故なら…
人間
そう。
それはまさに人間。
赤い液体…だが本物の血ではない。
記憶に微かに残っている血に、色や臭いは似ているがこの味は…
俺達に流れているものと同じ…栄養液だ。
引き千切ればコードが覗き、火花が散る。
明らかに人間ではないはずなのに…
そいつらは…
叫ぶ
怯える
泣く
逃げる
あらかじめインプットされている、情報なのだろうが…
リアルすぎて気味が悪い。
あの007が演技に見えない、と言ったのだから本物にかなり近い「感情」なのだろう。
…皆が同じ事を考えてるに違いない。
人間を殺しているみたいな感覚に、005の眉間の皺が当社比39%増し。
「───う、うわあぁぁぁぁぁっっ!!!」
…溜息。
戦えるのはこれで残り7人。
もっともあのフランス女が戦ってくれれば8人に戻れるが。
しかしまぁ…一番性能が良いのがイカれちまってどうするんだよ。
なぁ?009…
『何をしているんだ!!』
今は運良く昼の時間帯だったので起きていた001が、009を諌めようとしている。
「ジョー!?」
どうやら003は戦いに参加していたようだ。
他の皆も戦いを続けながら、009の様子を伺っている。
──やはり予想は当たったか──
どうせ、そんなことを考えているんだろう。
言い出した008と004あたりが特に。
「009は人間の形をしていると、例えロボットでも戦えなくなるのでは?」
ビンゴ。
さっすが実践慣れしてる奴らは着眼点が違う。
…ま、一応俺もなんだがな。
目が覚めてすぐに引っ張り出してきたから、あいつは「テスト」を受けていない。
逃げる途中がテストと言えばテストだったが…
本当のブラックゴーストのテストは、あんな生ぬるいものじゃない。
昔のことが急に思い出されて、胃がムカムカした。
「002!009の援護だ!」
頭の中に004の声が飛び込む。
「ちっ…了〜解」
面倒なことを押し付けやがって。
「…手を抜くなよ」
きっちりと、お小言つきかよ。
一番009の近くで戦ってたからって、俺に援護を頼むとは…
今回ばかりは004の采配ミスだな。
心の中でだけ文句をぶつぶつ言って009の姿を探す。
近いといっても、結構な距離が開いていたことに気付いた。
それでも俺にとっては短い距離で、ひとっとびで009の側に降り立てる。
何かを喚き散らしているようだが、所々しか意味を持った言葉が聞き取れない。
「いっ、嫌だ!!戦えない!!」
かなり錯乱状態のようだ。
限界まで目を見開いた009は、普段の温厚な彼とはかけ離れすぎていた。
だから逆に、こっちは冷静になれる。
「バカ野郎…だったら全滅してみるか?」
「そ、れは…」
その言葉にたじろいだのが、はっきり分かった。
「戦うしかないだろう?」
呆然と突っ立った009に近付きながら諭してみる。
こんなの俺のキャラじゃねぇな。
普段の様子から簡単にほだされると思っていたが、急に009の語勢が荒くなった。
「どうして!?この人達も人間なんだよ!?」
「ふざけるなっ!!」
思いもかけない言葉に、思いもかけないほどの大声が出た。
怯えさせるのは賢明ではないと分かっていたのに、009の肩を跳ねさせてしまった。
彼の何が自分の逆鱗に触れたのか知らないが、喧嘩腰のまま口を開かずにはいられなかった。
「よく見ろよ!人間の体の中にコードがあるのか!?」
倒れた敵の金属の裂け目から、はみ出していたコードを乱暴に掴み引きずり出す。
かなりグロテスクな光景に、009が悲鳴をかろうじで呑み込む。
まだ意識があった様で、その敵はうめき声を上げ少しもがいた。
009だけではなく、周りの仲間や一部の敵も息を呑んだのが気配で分かる。
だが、ますます俺は饒舌になっていった。
「血も!人間の血が赤いままでいられるか!?」
コードに付いていた栄養液と、もともと俺の手にあった乾いた栄養液が違和感なく混ざり合った。
「脳だってどうせっ…───っっ!?」
どうせ機械だろうと思って、乱雑に扱った頭部の割れ目から柔らかいものが流れるようにこぼれた。
それは…人間の脳に似ていた。
「ひっ!!」
遠くで006が短い悲鳴を上げた。
きっと彼は、本物の脳を見たことがあるのだろう…もちろん羊か何かのだが。
どちらにせよ、羊の脳も人間の脳も似たようなものなのだろう。
だが本物を見たことがなくとも、それが本物の人間の脳だと容易に知れた。
一瞬言葉を無くしたが、009の怯えきった表情に我に返る。
「いまさらだろ?」
思った以上に冷たい声に、自分自身がぞっとした。
弾かれたように見上げてくる赤い眼を見つめたまま…
銃を放った。
「つうっ!!」
俺の放った弾丸は009の左腕に当たった。
「お前にも…コードがあるし、栄養液が流れている…」
栄養液が微かに滲む傷口に手を伸ばす。
「でも、僕らだって人間だ!!」
涙を流しながら、凛とした瞳で訴える彼に眩暈がした。
「お前はどこまでを人間だって言うんだ?」
ゆっくりと009に向かって手を伸ばす。
「え?」
俺の言葉と行動に疑問を持ったらしい009が、俺の顔と手を交互に見やる。
「脳があれば人間か?感情があれば人間か?……なぁ?」
──なぁ…教えてくれよ…
伸ばす手を跳ね除けもせず、傷口の上から握り締める掌を拒むこともせず…
「痛いよ」
009は呟いた。
「そうか」
冷たい声は依然として、俺の口から生まれる。
「うん。痛いよ?」
009は頷いた。
「ほら、僕らだって人間じゃないか…」
急に大人しくなった009に、胸騒ぎみたいなものを感じた。
「どうして、お前は、人間であろうとするんだ?」
搾り出すように言った声は、自分でも聞き取りにくいものだった。
「仕方ないよ。僕らは生まれた時から人間だったんだもの」
それに返ってきたのは、あっけらかんとした言葉。
「ブラックゴーストに改造された、サイボーグだろ?」
一瞬、悲しげに眉を寄せたが、すぐに苦笑いをうかべた009は
「そんなの、途中の経過じゃないか。どれだけ体が変わってしまっても、心は変わらなかった。違う?」
「それは…」
「価値観や考え方は少し変わってしまったかもしれないけど…僕が僕であることは昔も今も同じなんだよ?」
痛みが彼を饒舌にしたのだろう。
「生きていれば、どっちにしたって変わっていくものがある…」
009は今までの醜態を忘れたかのように語り続ける。
「僕らは体をブラックゴーストに改造されたけど、自分の意思でそこから逃げ出すことも出来た」
009の腕を掴んでいた手が、滑り落ちた。
「君は、そうじゃないのかい?」
頑固者が少し心配そうに、眉根を寄せた。
「…そうだな。俺は、昔も今も…俺だ」
何となく、で答えを出してしまう辺りが…
「ほら。君だって人間じゃないか」
──人間…か…
「ああ……俺だって…人間だ」
…狂っているのは…誰だ?
遠くで今回の戦闘で最後の悲鳴が響いた。
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