僕達は………何者?

何の為に、生き永らえた?










ここしばらくの間、ベッドから起き上がれなかったギルモアが、急に009を呼び出した。

「…皆のこと…頼むぞ?」

それだけを申し訳なさそうに、弱々しい声で告げる。

一番最後に作られて、それに見合う性能を持つ009が、最後まで『残る』とギルモアは考えていた。

「…はい」

それは当然、皆の心にもあった考えだろう。

ただ、口にしないだけ。

残して逝く痛みも、残される痛みも、知っているから。

「そうじゃ…最後の我侭を聞いてくれんか?」

あまり我侭を言わない人だから、少なからず009は驚いた。

「なんでしょう?」

「海へ…海へ行きたい…」

───皆と共に、ドルフィン号で過ごした場所だから。





海は穏やかで、まるで全てを受け入れてくれそうだった。

「ジョー…」

父親のように笑って、ギルモアは大きく息を吐き出した。

「     」










まだ声帯の発達していない001は、いつものようにテレパシーで言葉を伝えようとする。

「君には本当に負担をかけてしまった」

小さな頭をそっと撫でて、安心させるように009は微笑んだ。

「イワン…そんなことないよ」

そうしなければならなかった。

彼の判断は間違ってなどいないし、結果としても問題はない。

それに彼のことを、皆は信じていたのだから。

「…ジョー…ごめんね…そして…」

「ごめんだなんて…」

そして009自身、誰かの役に立ちたいと思っていたのだから。

「     」

眠たそうな声で言ってから、001は眠った。










見たくないものも、聞きたくないものも…

全てを受け入れてきた003が、遂に静寂を手に入れた。

どんなに耳をふさいでも、得られなかった静寂をようやく。

しかしそれは逆に、とても不安なものだろう。

彼女は誰かの名前を唇だけで形作りながら、悲しげに微笑んでいた。

床に伏したまま見えなくなった目を彷徨わせた彼女は、天井に向かって手を伸ばす。

「フランソワーズ…」

彼女には聞こえないと分かっていても、いつもの癖でその名前を呼ぶ。

009が華奢なその手に丁寧に触れると、安心したのか彼女は薄く微笑んだ。

「ねぇ…ジョー…」

今までで一番美しい微笑で、003は囁いた。

「     」










キッチンの椅子に009の力を借りて、ようやく腰掛けることが出来た006は溜息をつく。

「もっと色んな人にわての料理食べて欲しかったヨ」

もう包丁を握るだけの力すら残っていない手を、じっと見つめる。

「そうだね。張大人の料理は最高だもんね」

自分達がここまで力を出せたのは、ひとえに彼の料理のお陰だろう。

たまにこってりした料理を出されて、困ったこともあったのだが。

「やっぱりジョーもそう思うか?」

自分の腕に自信を持っている小さな瞳には、まだ輝きがあった。

「みんな、そう思っているよ?」

そのことが嬉しくて、009は思いを込めてそう答える。

「     」

少し泣きそうになりがらも、006は優しく笑って告げた。










急に姿の見えなくなった005を心配した009が、その巨体を発見したのは深い森の奥だった。

いつものように鳥達と共に、自然を感受しているようだ。

「ジェロニモ…?」

今にも光の中に消えてしまいそうな気がして、009は不安に声を詰まらせながら呼ぶ。

すると彼は振り返って笑った。

「自然に還る。だから心配ない」

サイボーグが自然の流れに還ることはできるのか?

そんな009の思いは、あっさりと覆される。

静かに深く彼が息を吸い込むと、まるでそれが原因のように突風が吹いたのだ。

「ようやく還れる…009…ジョー…」

大らかな笑みを浮かべて、005は呟いた。

「     」










「海が好きなんだ…」

5人の仲間の体を沈めた海の上で、008は囁くように告白した。

「ほら…人は海から生まれたって言うでしょ?」

そう言って笑いながら、船の上から海を見下ろす。

「ジェロニモじゃないけど…自然に還るって感じかな?」

「そうだね…ピュンマのことを思い出す度に、海のイメージがわいてくるんだ」

いつも誰よりも速く深く、海を泳いでいた彼だから。

「ジョー…それは何よりの褒め言葉だよ……じゃあ、そろそろ…行くよ…」

「うん…後の皆には…僕から言っておくから」

自分一人で抱え込んでしまう009らしい答えに、彼は苦笑しつつ

「     」

まるで倒れこむように、008は海に飛び込んだ。










「我輩はやはり最後まで舞台に立ちたかった」

「僕も…グレートの演技…好きだよ?」

決して美男ではない007だが、その演技によって誰よりも美しい人間となる。

「ファンがいることは嬉しいものだ」

「僕だけじゃないよ。『グレートは、誰よりも芝居の神様に愛されている』って張大人も言ってたし」

みんなもそう思っていたからこそ、彼が芝居がかった台詞を言っても、ちゃんと聞いていたんだ。

「そうか…張大人がそんなことを…」

照れくさそうに、かつての友を思い出しているのだろう。

少しだけ遠い目をしていた彼は、涙を堪えるかのように一度だけ大きく息を吸い込んでから

「…さて…我輩はそろそろ行くが…最後にジョー…」

芝居がかった仕草ではなく、007は微笑んだ。

「     」










しばらく3人で海を見つめていたが、溜息をついた004は002を振り返る。

「悪いな…」

「なぁに…気にすんなって」

そして002に両脇を支えられて、いつでも飛び立てる状態で009の方を見た。

「一足先に…行くぜ?」

「…アルベルト……みんなに…よろしく」

そこは皆を沈めた場所で、ピュンマが飛び込んだ場所だったから。

それに気付いた彼は納得したかのように頷いている。

「なぁ…ジョー…」

優しい声に、全身兵器の彼を見遣れば

「     」

いつものようにニヒルに笑って、004は手を振った。













004が海に飛び込んでから、毎日のように009は海辺の家で海を眺めた。

ひょっとしたら008が、みんなを集めてまたここへ戻ってくるのではないかと思ってしまう。

しかし、そんなことは起こるはずも無く、日が暮れるころになると009は静かに家に戻る。

その横顔には、明らかに疲れが見え始めていた。





二階に上がり、一つのドアを叩く。

「入れよ」

部屋の持ち主である002の声に、009は安堵のため息をついて

「お邪魔するね」

と言ってドアを開ける。

ドアを後ろ手で閉めて、ベッドの上に横たわり雑誌を眺めていた002を見る。

「どうした?飯の時間には早いだろ?」

雑誌から目を離さない002のその質問には答えず、曖昧な笑みを浮かべた009はベッドの上に腰かけると

「ねぇ…ジェット…」

「んあ?」

002が、読んでいた雑誌から目を外し、009を見つめれば

「君はまだ…飛べるかい?」

疲労した009の目は、それでもまだ死んではいない。

そのことに気付いた002は

「俺を誰だと思ってる?」

そう不適に笑ってみせた。










いつか見た光景だった。

遠ざかっていく地上。

丈夫なはずの体も、寒さを感じていた。

それでも同時に、目の前にある命の温もりも感じていた。

「…懐かしいな」

「そうだね」

穏やか過ぎるほどの声に、002が腕の中の009に問い掛ける。

「…いいのか?」

「何が?」

「その…お前は…まだ…」

「僕はまだ生きられるのに?」

「まあ…そうだ」

正直002自身、ここまで自らが長生きできるとは思っていなかった。

この腕の中の温もりを『残していきたくない』と強く願っていたからだろうか。

「そうだね。でも、ずるいと思ったんだ」

「…ずるい?」

「君はきっと僕よりも先に、みんなに会いに行ってしまうでしょ?」

順番からいっても、009は最後まで残るだろう。

002がその機能を停止してしまっても。

「…まあ…そうなるな…」

歯切れ悪く答える002に、009はくすりと笑って答えた。

「なんかさ…僕も急にみんなに会いたくなっちゃって…」









いつか見た光景だった。

遠ざかっていく星達。

体は灼熱の炎に包まれる。

ただ“いつか”と違うのは…

自分を抱き締める彼に、離れて欲しくないということだけ。

「ジョー…」

聞こえにくくはなったけれど、高性能の009にはまだ彼のその声が聞き取れた。

「何?」

きっと彼にはその声は届いていなかったのだろうけど…

002は少し照れくさそうに、微笑んで言った。

「ありがとう」







009は思い出した。

仲間達の最期の言葉は、いつだって…

「ありがとう」

だったことを。







ああ…そうか…

不意に仲間達の笑顔が、言葉が蘇る。



これで…良かったんだ。





“誰にも知られることのない英雄”は、静かに逝くべきなんだね。







少し照れくさそうに009も微笑んだ。





…みんな…ありがとう。









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