紙の擦れる音と、時折ペンが滑る音、そして噛み殺しきれない欠伸。
暫く眠たげな黒髪の麗人の姿を見ていたエドは、同じように眠たげな表情をしながら口を開いた。
「利き目って知ってる?」
「…なんだね…それは?」
「利き腕と同じように、目にもあるらしいぜ?」
最初は聞き流そうとしていたのか、そこで漸くペンの動きを止めたロイは顔を上げた。
「…初耳だな」
「まあ大したことじゃないしな〜…」
エドは肩をすくめてソファに体を沈める。
本当に眠ってしまいそうな様子にロイは口元に笑みを刷く。
だがエドは気づかなかったようで、眠るのを堪えるように机の上のカップを睨みつけている。
「それで?どうやったら分かるんだい?」
ロイはペンを所定の位置に戻すと、エドと同じように椅子に背を預ける。
その言葉にエドは嬉しそうな笑みを一瞬見せたが、すぐに不機嫌な表情で隠し
「しょうがねぇなぁ…教えてやるよ」
そう言って、ソファから立ち上がりロイの側に歩いて行く。
「指立てて」
エドの言う通りロイは右手の人差し指を立てる。
「んで…」
今度はロイから少し離れた場所に立ち
「俺に指を合わせて」
「…ブレるのだが…」
「俺がはっきりするように見て」
「…指は二本に見えてもいいのかな?」
「うん。それでいい。とにかくどっちかの指…本当の指だと思った方が俺と重なったところで止めて」
真剣な表情のロイは暫く指を曲げたりして、言われた通りにエドに指を合わせていたが、納得したように頷く。
「そうしたら、片目を閉じて?」
言われた通りにロイは左目を閉じる。
「俺に重なった?」
「いや…見当違いなところに…」
「じゃ今度はそのまま反対の目で見て」
「あ」
その声にエドは駆け寄るように、ロイの側に戻る。
「重なった?」
喜々として訊ねるエドの頭に手を乗せ
「ああ…ということは私の利き目とやらは…?」
「左か…」
何かを考えるような仕草をするエドに、ロイはにっこり笑って
「君の利き目は?」
その言葉に驚いたような表情を見せたエドは、やや躊躇って小声で答えた。
「…右」
「そうか…右か」
そう言ってロイはエドを見つめる。
「な、なんだよ」
少し頬を朱に染めつつ、その視線から逃れようと俯いた。
「どうしてそんなことを言い出したんだい?」
「別に…」
なかなか言わないエドに
「エドワード?」
二人でいる時にしか使わない呼び名で呼べば、観念したようにエドは口を開く。
「利き目を見てほしかったんだよ」
恥ずかしかったのか真っ赤になった顔を、更に俯かせる。
「ならば今度から君の目を見る時は右目を見ればいいね?」
確認をとるように訊ねるロイに、エドは目を見開くがすぐに呟いた。
「まあ…そういうことだ…」
「君は右目だったね?」
ロイはそう言って、エドを見つめる。
それがエドの右目を見ていることに気付いた途端、見ている方が驚くほど更に赤面。
「嫌かい?」
何かを言いたげに口をぱくぱくさせているエドに、ロイは微笑みかける。
「……答えが分かりきっているのに聞くな…性格悪りぃ」
まだ赤みが残る顔でエドは呟き、真剣な表情を浮かべる。
それの意図することに気付いたロイは、また微笑んでエドを見る。
エドは心臓の鼓動が早まるのを、必死に隠してロイの左目を見つめる。
ロイも心なしか目元を染めて、エドの右目を見つめる。
「そういえば…先程は指に隠れて、君が全然見えなかったな…」
「だれが指より小さいかぁっ!!!!!」
今までの雰囲気はどこへやら。
いや、もともと睨みつけるようにして見ていたエドワードのことだ。
傍から見たら、きっと二人は睨み合っているようにしか見えなかっただろう。
暫く睨み合った後、どちらともなく笑い出す。
子供のようにじゃれながら、二人は何となく思っていた。
でも本当は…
お互いがお互いしか…