長い長い旅の終わり。

幾多の犠牲の上で、自分達の願いだけを叶えた少年達。

そう…彼らの願いは叶った。

「さぁて…これからどうする?」

芝生の上でくつろいで、あまり高くない身長を伸ばすかのように、エドは背中を伸ばす。

もう、金属音はしなかった。

「う〜ん。とりあえずリゼンブールに戻って…」

座っていると分からないが、エドより少し背の高い少年は、顎に手を当てて考える仕草をする。

アルは兄と同じような金の髪を煌かせ、思いついたことから口にしていく。

『何がしたい』とか『何が食べたい』とか…

普通の少年にとっては、何でもないようなことを、口にする。

それを目を細めて見遣っていた兄は、不意に思い当たることに気付き眉をしかめる。

「やべぇ…ウィンリィにどやされる」

「何で?」

あの幼馴染は喜びこそするだろうが…?

アルの疑問に、ニヤリと笑い

「『どうして私の機械鎧がこんな弱っちい腕になってんのよ!!』ってな」

そうエドは言って自らの掌をひらひらさせる。

「俺の腕はもともとこれなんだっての」

力強く握り締める右手には、確かに体温がある。

憮然とした兄の表情に、アルは苦笑いをして

「ありえそうだね〜『もう一回、機械鎧つけなおしてあげる!』とか言われちゃうかもよ?」

「だろ!?」

「うん!言われるよ〜絶対!」

二人顔を見合わせて、声を上げて笑う。

エドにとっては久しぶりに見る笑顔。

アルにとっては久しぶりに浮かべる笑顔。

暫く感慨深げにお互いを見ていたが、エドは急に立ち上がる。

「さて…その前に最後の仕上げに行きますか」

「え?まだ何か…?」

エドを見上げたアルは、眩しさに目を細める。

そして兄の手の中に、見慣れた銀色に光るものがあることに気付いた。







いつも通り何のお咎めもなしに、エドは執務室に通された。

ロイの顔を見つめながら、用件も言わずにエドはポケットに入れたままだった手を出す。

そして、右手で握り締めたものを、そのままロイに突き出すように差し出した。

「返す」

銀時計を握る手袋をしていない右手に、ロイは目を見開いた。

だがすぐに表情を消すと、頷く。

「なるほど…もう軍の狗である必要はない…と?」

「そう」

もう一度せかすように突き出される腕を、じっと見つめて

「…そういうことなら、いたしかたあるまい」

ロイはため息と共にそう言い、黙ってエドに左手を差し出した。

エドはその手袋をした掌に、銀時計を落とす。

時計本体はロイの広い掌に収まったが、鎖はロイの手を流れるように音を立てて零れた。

「じゃ…世話になった…」

その音の余韻が消えた頃、右手を軽く上げてエドは背を向けた。

蓋の開かない銀時計を手の中で弄んでいたロイは、視線を銀時計に向けたまま告げる。

「君はもう、ここには来れない」

今まで聞いたことのないような弱い声に、エドは立ち止まり

「分かってる」

ロイとは正反対に、強い声で答える。

「私とも、こうやって気軽に話せない」

「そうだな」

淡々と返事を返すエドに、ロイは最後の手段をとる。

普段少年に対して被っていた仮面を、少しずつ剥がす。

「どうすれば…君を逃がさずにすむのかな」

物憂げに笑って、掌にあった時計を机の上に丁寧に置く。

「冗談ばっかり」

そろそろ落ち着かないか?

私の側に…いて欲しい。

君を大切に思っているよ。

手を変え品を変え、この男は戯れを口にしてきた。

今までにも幾度と無く。

少なくともエドは戯れだと、からかわれていると捉えてきた。

だから、エドはその言葉に含まれた真実を見出せなかった。

「本気なのだよ」

仕方がないと思いつつも、ロイはため息をついた。

「そういうのは…いつか本気になった人の為にとっておけば?」

「だから君が…」

「その人の為に、上を目指すってのも悪くないだろ?」

あくまでロイの言葉を信じないエドは、人差し指を空へ向け、悪戯っ子のような笑顔を浮かべる。

「そうだね…本気になった人の為にも…上を目指していたのだが…」

より多くの情報を、より迅速に確実にこの手に…そして、彼らのもとへ伝えるために…

だが、そんなことは到底口が裂けても言えないと判断したロイは、苦笑いで誤魔化し

「本当に…行ってしまうのかい?」

最後の問いを口にした。

「ああ」

エドも、最後の答えを口にした。

「寂しく…なるな」

ロイが微苦笑を浮かべて言えば

「騒がしくて悪うございました」

エドはべーっと舌を出す。

今まで見た事もないような子供らしい仕草に、ロイは目を見開く。

そして、少し逡巡したが結局、仮面を付け直した。



いつもの、笑顔を、浮かべた。



「そうだ。鋼の…いや…エドワード君」

眉をしかめるエドに、不敵な笑みを浮かべたロイは思い付きを口にした。

「いつか私が大総統になったら…」

エドは、茶化さない。

きっとこの男なら本当にその夢を叶えるだろうと、信じているから。

「花を…贈ってくれ」

「花ぁ!?…花…か…どんな花がいいんだ?」

花と言われてもその種類は豊富だ。

ましてやエドは花にはあまり詳しくない。

「…君の…好きな、花を」

エドは暫く考えて、贈る花を思いついたのか

「分かった」

そう力強く頷いた。

「大佐」

「なんだい?はが……エドワード・エルリック」

苦笑いで二つ名を言いかけたことを誤魔化す。

エドも同じように苦笑いを浮かべた後、ロイを真剣な表情で見つめた。

「ロイ・マスタングさん」



そして…



エドは、満面の笑みで。

無邪気な子供の、笑顔で。

「ありがとう」



ロイは、優しく微笑んで。

思慮深い大人の、笑顔で。

「どういたしまして」





「じゃあな」
「さよなら」





雲一つない、快晴の日だった。










十数年後、マスタング中将の眠る場所に…

いつも赤と青の花束が無造作に供えられていたのは…

後の話。



今まで出世街道をひた走ってきた彼が、急にその道を外れてしまったのは…

誰かに妨害されたからでも、ましてや失態を曝したからでもない。

彼の心に、いつまでもいつまでも残っていたのだ…

想いという錘が。





だから…彼は…今も…









18.飛べない





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