何の前触れも無く、ロイは目の前にあった頭を撫でる。
その行動はエドにとっては、下心があろうがなかろうが許せなかったものらしい。
「だあぁぁぁっっ!!頭を触んな!!」
全身で拒絶を示すと、今にも噛み付かんばかりの勢いでロイを睨み付ける。
いつもより目つきの悪くなったエドに対し、何も無かったかのようにロイは答えた。
「ああ、すまない。君の頭が丁度いい位置にあったものでね」
「だぁれがマイクロを超えてナノにまで達しそうなドチビかあぁぁっっ!!」
(誰も言ってない…)
(そうか、遂にナノレベルにまで小さくなったか…)
(ナノって…確か“小人”って意味だったよなぁ…)
二人のやり取りを眺める大人たちの心境は、あくまでも穏やかだ。
「諦めたまえ。身長はすぐに伸びるものではないからね」
諭す様な話し方になった男に、エドも落ち着きを取り戻す。
「…あんたも…そうだったのかよ」
不気味なほど急に大人しくなった子供は、じっとロイを見上げる。
男は微笑んでゆっくり視線を逸らす。
「明らかに嘘ついてんじゃねぇか!!」
再び喚き散らす子供に、後ろめたいことがあったのかロイは慌てて弁解をしようとする。
「待て待て!確かに私は、君くらいの年にはもう170cm以上あったが…」
「嫌味かぁっ!!」
「だが、背が伸びてしまえば、誰もこんなことしないだろう?」
苦笑を浮かべたロイは、暴れるエドの金の頭に手を乗せる。
言葉の意味を理解しようと、動きを止めるのを確認してから、更に穏やかな笑みと声で
「今のうちだけだ……たまにはいいだろう?」
「よくねぇ!」
そう言ってロイの手を叩き落としたエドに、その手を所在無げに彷徨わせたロイはため息をつく。
「君だって、本当は気付いているのではないのかね?」
「…何がだよ」
「君達にこんなことをするのは、今しかないだろう?」
それは、ロイ達大人がエド達に、今しか…子供のうちにしかできないこと。
しかし、誰よりも大切な弟は、その姿ゆえに子供として扱われないこと。
それ故に、たまに子供として扱われることに、ひどく喜ぶこと。
子供にはそれだけで通じたらしく、驚きに目を見開いてロイを見上げた。
相変わらず読めない表情をした男は、微かに顔を綻ばせた。
「すみません。兄さんを迎えに来ました」
兄は絶対に問題を起こしていると確信しているらしく、鎧の体を心なしか小さくして、遠慮した少年の声が響く。
「じゃあな」
弟が迎えに来た途端、エドはロイに興味を全く示さなくなった。
だから、ロイがどこか寂しげに苦笑を浮かべたことにも気付けなかった。
「ああもう!ほら。きちんと挨拶してよ」
おざなりに自分のもとへやってきた兄に、アルは注意をする。
本当にどちらが兄か分からない。
「すみません。兄がお世話になりました」
ゆっくり近付いてくるロイに、丁寧にお辞儀をする。
「いや。構わんよ。なかなか楽しかったしな」
今にも噛み付いてきそうなエドを一瞥だけすると、今度は鎧の体を見上げ
「早く君を見てみたいな」
そう言うと、鎧の頭に必死に背伸びをして手を置く。
格好を気にする男らしくない行動に、周りの人間も少し驚いたようだ。
だが、その行動を咎める者は一人もいなかった。
「え?え?」
頭を撫でられるという行為に慣れていないのか、表情はないがアルが慌てているのがわかる。
「人の弟に気安くさわんな」
ようやく我に返ったエドが、どこか棘を含んだ声で言うが、ロイはといえば全く意に介さず
「いいだろう?今のうちだけなのだから」
「…子供だって言いたいのか?」
「違うのか?少なくとも私は、君達は子供だと思っている」
「…勝手にしろ」
何を言っても飄々と受け流されることに気付いてしまったエドは、そう言って大きな溜息をついた。
そんな二人のやりとりについていけていないようで、アルは二人を見比べておどおどしているようだ。
「あ…あの…」
遠慮がちな高めの声に、ロイが視線を上に向けると
「…その…ありがとうございます」
声だけで照れているのが分かったので、その素直さを好ましいと思ったロイは微笑む。
「なに。私がそうしたかっただけだ」
感触は伝わらないだろうが、それでもまたアルの頭を撫でた。
そして、エドの方に手を伸ばしたが、やはりこちらは右手で拒絶をする。
その正直なところが愛しいと思ってしまったロイは、苦笑した。
子供だと、そう思わなければ、二人を同等に扱えない。
まるで双子のような魂を持つ兄弟は、強い繋がりで結びついている。
だから、片方だけを…