見つかったら、また長話に付き合わされる。

警戒しながらエドが廊下を歩いていると

「おー!!エド!!」

つかまった。

恐る恐る振り返ると、いつもの笑みがあった。

「聞いてくれよ〜エリシアちゃんったら『パパと結婚する』なんて言ってさ〜」

「…ヒューズ中佐…」

「そしたらグレイシアが『ママはどうしたらいいのかしら?』だなんて…もてる男は辛いなぁ〜」

別にエドは陽気なヒューズが嫌いなわけではないのだ。

「いい気なもんだね」

ただ、憎いだけで。

「エド?」

いつもは呆れることはあっても、エドはそんな冷たい表情を浮かべたことはなかった。

「どうかしたのか?」

ヒューズは本能的に、その表情は見逃してはいけないものと判断した。

これからの自分達の関係に、大きく影響すると。

この少年のこれからに、暗い影を落とすかもしれないと。

「あんたはさ…自分が好かれてるって…気付いてる?」

「おうよ。俺はみんなの人気者だからな」

冗談めかして反応を窺う。

「そうだね。あんたはみんなに愛されてる」

やけに真剣に答えるエドに、ヒューズの背を知らず冷たいものが流れた。

「でもさ…その中でも特に…狂うくらいにあんたのこと想ってる奴がいるのは…気付いてる?」

「エド…」

ヒューズは痛ましそうにエドのことを見つめ

「すまない、エド。お前のことは嫌いじゃないんだが、俺には可愛い子供と愛しい妻が…」

「俺じゃないよ…」

エドの目を見たヒューズは、その視線の強さに眉をしかめる。

これ以上は誤魔化しがきかない。

そもそもこの聡い子供に、嘘や誤魔化しはきかないのだ。

一つ、大きく、今までの重責を吐き出すように、ため息をついた。

「…ロイのことは…仕方ないと思ってる」

ヒューズの口から出た名前に、エドはあからさまに狼狽した。

しかし、すぐにいつもの表情を浮かべ

「知ってたんだ?」

「…まぁな…あいつは態度に出やすい」

「気付いていたのに気付かないフリなんて…酷くねぇ?」

「それがお互いの為だったからなぁ」

一時の気の迷い。

それも、かなり精神的に不安定な状態だった。

だから、一過性のものの可能性の方が高かった。

実際そうだと思っていたのだが…

「…大佐の気持ちは…どこに行けばよかったの?」

この時、ヒューズは漸く気付いた。

「なあ、エド…分かるだろ?例えあいつの一番が『俺』だったとしても…」

エドは今の自分と、昔のロイを重ねて見ている。

届かない想いを、持て余している。

「俺にとっての一番にあいつはなれない」

「でも…」

「しかも二番にもなれない。一番も二番も家族だ」


「でもエド…お前にとって、あいつは何番だ?」

「…二番…?…三番…?」

「おいおい。なんだそりゃ」

「アルと…母さんが…」

「そうだなぁ…だったら、家族は順位に入れずに」

「…一番」

真っ赤になってそれだけを呟く。

「でもそしたら、中佐の一番だって…」

「俺はグレイシアが一番だな」

「でも、家族だ…」

「あのなエド。元はと言えばグレイシアは他人なんだ」

全く違う環境で育って、全く違う考え方を持って…出会えた。

「それで好きになって一緒になった」

かなりの熱意を持って口説き落とした。

「そう考えると、お前のロイへの気持ちも、俺のグレイシアへの気持ちも同じだろ?」

「…恋愛感情ってこと?」

「……なんだよ。分かってんなら最初っからそう言え。お前に合わせて遠まわしに言っちまっただろうが」

「こ、子ども扱いするな」

「してねぇよ。ただ奥手なのかと思って気を使っただけだよ」

「余計なお世話だ!」

ようやくいつもの調子に戻ったエドに安堵したヒューズだが、急にエドの表情が強張る。

「でも…こんなのおかしい…」

「どこが?」

「俺…男だし…大佐だって…」

「エド」

咎めるような声に顔を上げれば、どこか怒ったようなヒューズの表情。

「お前はロイの想いを否定するのか?」

「大佐の…?何で…」

「ロイだって男だし、お前だって男だ。もちろん俺もな」

「あ…」

その一言で、ロイの想いの行方も否定することになる。

「難しい…」

「だろ?恋愛なんてそんなもんだ。俺もグレイシアを口説き落とすのに…」

「結果オーライじゃん」

「…ああ。俺は運が良かったよ」

細められた目は、まるで励ましているかのようだった。

だから、エドは漸く素直に微笑むことが出来た。







ドアが急に開かれ、二人は一斉にそちらを向いた。

「な、何だ…?」

自らの部屋なので、ノックもせずにドアを開けたロイは、ドアノブに手を掛けたまま動きを止める。

一瞬、部屋を間違えたのかと思い、素早く室内に視線を走らせる。

「鋼のもヒューズも…来ているなら来ていると言え」

しかし、自分の部屋だと確認した途端、態度がでかくなる。

「あ、じゃあ…俺…」

「待ちなさい。まだ報告が済んでいないぞ」

「全部書いてあるから。分からないところがあったら呼んで」

「何を…」

そそくさと部屋を出ようとするエドの首根っこを捕まえたヒューズは、そのままエドを抱きかかえる。

「ちょっ…中佐!?」

暴れるエドを投げつけるようにロイに渡すと、渡された方は慌てて受け止める。

まるで猫を受け渡すような行為に、エドが真っ赤になって怒鳴ろうと口を開いたが

「ロイ…プレゼントだ」

大人の笑顔を浮かべたヒューズは、ロイの頬に軽く口付けると部屋を出て行ってしまった。

「どういうことだ?」

「…わかんねぇよ…いいから下ろせ…」

しかしロイはエドを抱えたまま、しばらくその顔を眺める。

「な、なんだよ…」

「いや…キスしたくなった…と言ったら、君は怒るかね?」

「………へ?」

「そうか。怒らないか。ならば…」

ロイは唇で、エドの唇を掠めた。





散々暴れるエドを一応は解放したロイだが、完全に離すつもりはない手がエドの手首を捕まえていた。

何とも言えない沈黙の中、触れられる手首に我慢できなくなったエドが口を開く。

「……大佐の想いは…?」

「私の、想い…?」

「中佐が…好きなんだろ?」

「…昔の話だ」

苦笑いを浮かべる男は、確かに昔の想いに囚われているようには見えなかった。

「私の想いの行方を…君は知っているはずだ」

「どこ…?」

「私は意外と一途でね…」

「…嘘くせぇ」

「酷いな…でも、本当に一途で…真っ直ぐ前しか見えないんだよ?」

「…ますます嘘くせぇ」



「だが…今、私の目の前には…誰がいる?」



「え?」





すぐに二人はこう思うはずだ…





もう…









22.離れたくない





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