もし…なんてこと、考え始めたらキリがない。
もし…なんてこと、言い始めたら気分が沈む。
最も良い対処方法は、何が起こっても“もし”なんて考えないし口にもしないこと。
それでも、抑えられない想いがあるのなら…まぁ、仕方ない。
誰かに聞いてもらえばいいだけのこと。
…ただし、相手を間違えてはいけない。
下手したら、弱みを握られしまうかも…
不意に真夜中に目覚めたエドは、相手が起きているかどうかも確認せずに口を開いた。
「…もし俺が鎧で、あいつが人間だったら?」
あんたは俺ではなく、弟に愛を語るんだろ?
「さぁ…それは分からないな。ただ…」
いつから起きていたのか、全く眠気のない声でロイは呟く。
きつく抱き締め直す腕を見もせずに、エドはずっと男の目だけを見つめていた。
「君の勝気な性格は、とても気に入っているんだがね?」
ごく自然な流れで重なった唇は、温かかった。
それが、エドの深いところに淀のように静かに積もっていく。
弟はこんな温もりを感じられない。
「…素直になったらオシマイか…」
唇が離れた途端に呟かれた声に、ロイは眉を顰めたが、直ぐに真面目な表情でこうのたまった。
「君の場合、普段が意地っ張りだから、たまに甘えられたりするのが醍醐味だ」
「あんた…馬鹿だろ?」
真剣な表情の割りに微妙なことを言われ、思わず白い目で返したエドにもめげず、男は踏ん反り返らんばかりの勢いで
「好きなものは好きなんだ」
この男には似合わない、あまりにもストレートな表現にエドは赤面した。
「…そ…じゃあ…ラッキーだったんだな…俺…」
体全部を持っていかれなくて…
「そうだな。君達が人体練成を行ったのも私にとってはラッキーだったのかもな」
「は!?」
何言いやがるこの野郎!!
「ほら。考えてごらん?」
書類不備で行ったのであって、もし実年齢が書いてあったら行く気がしたかどうか。
少年の故郷の憲兵さんが親切でなかったら、途中で引き返すのを躊躇ったかどうか。
兄弟の写っている写真を見なかったら、アルフォンスに気付いたかどうか。
「まあ…偶然のような…」
「だろう?それに他にもラッキーなことはあるんだ」
実は子供の扱いが苦手なのだが、二人とも子供らしくなくて扱いやすかったこと。
そして何より…
「私が生きていたことだ」
「…そう…だな」
「あと、体の相性もなかなか…」
「今その命散らしとく?」
引きつった笑顔でそう言うと同時に、エドは自らの右手を凶器に変形させる。
「断る。私にはまだ成し遂げなければならないことがあるからな」
間近にある刃物の光になど気付いていないように、ロイは悠然とそう言った後
「本当に良かったよ…君がここにいて…」
囁くように告げて再び力を込めると、エドは慌てて腕を元に戻す。
「俺も…まあ…そう思う…かな…」
抱き寄せられる力に逆らわず、素直に肌を寄せ合ったエドは照れ臭そうに呟いた。
こんな風に言われて、嬉しくないはずがなかった。
不意に、目頭が熱くなったけれど…
意地っ張りな自分は、この男の前では…