愛した人のことは、覚えていたい。
それは決して、無理なことではないだろう?
少なくとも、このような、赤い場所のことなど、覚えていたくない。
覚えていたいのは…その…
「────ッッ!!!!鋼の!?」
倒れそうになったエドを支えるロイの腕に、エドは全体重を預けた。
そして、腹の熱さあるいは痛みから逃れるように、その温もりにそっと頬を寄せる。
「…大佐…俺…」
「喋るな!!鋼の!!」
エドの傷口を押さえるロイの必死の抵抗も空しく、その指の間からは命の色が流れ続けていた。
命の色には、命の歴史が宿っている。
大好きな母の笑顔も、憎んでいた父の背中も、愛しい弟のぬくもりも…全て。
それでも…次第に…同じ歴史を共有しない命に、惹かれていった。
「俺…大佐、の…こ、と…」
「頼む…止まってくれ」
優しいその手に、苦笑いを浮かべたエドは自らの左手を重ね…
「す、き」
最初で最後のわがままを、口にした。
ロイは一度だけエドに呼びかけた。
聞く者の心を引き裂くかのように…
鼓膜に直接響くより、遥かに越える痛みを伴って…
エドワードを…呼んだ。
「お前さぁ…今日が期限のレポートやってきたか?」
茶色の髪に緑の目の少年が、半歩前を歩く金髪の友人に声をかける。
「は?…げ!!やっべぇっっ!!」
時折金色にも見える目の色をした少年は、金髪を勢いよく振り乱し友人を振り返った。
「おいおい…またギリギリで提出する気か?」
「だあぁあぁぁっっ!!忘れてた!!」
通学途中の道の上だというのに、少年は声を荒げる一方だ。
「アルフォンスが聞いたら怒りそうだな…」
弟の名を出された少年は、急に俯き頬を引きつらせている。
「…アルには教えるな!とりあえず学校に行ってから書く!」
「間に合うといいな〜」
「それを言うな…じゃあ俺、先に行ってるから!」
無責任に笑う友人に、げんなりとした表情を向けて金髪の少年は駆け出し始めた。
「おう!また後でな」
友人の声を背中で聞いて、勢いよく角を曲がった瞬間
「うっわっ!!」
「…すまない…大丈夫か?」
ぶつかった男の体格が良かったせいか、少年の体つきが華奢だったせいか、こけたのは少年だけだった。
極自然に差し出された男の手に掴まり、少年は鞄を拾ってから立ち上がる。
男は更に自然な仕草で腰を屈め、立ち上がった少年の服の埃をはたいていた。
あまりにも慣れない出来事に、少年が呆然としていると
「何やってんだよエドワード!!」
角を曲がった所で起こった惨事に驚く友人の声に、我に返った少年は大声で怒鳴る。
「うっせぇ!!」
そしてその後、男に向かってバツが悪そうに軽く頭を下げる。
「…本当にすみません…」
「…気にしなくていい。それよりも…急いでいるのだろう?」
憂いを帯びた笑みで言われ、少年は自分が急いでいた理由を思い出した。
「あ!…はい。えと…すみませんでしたっ」
勢いよく頭を下げた後、少年はまた誰かにぶつかりそうな勢いで走り去った。
男はずっと走り去る小さな背中を見ていた。
『鋼の』
「……エド、ワード…?」
「マスタング先生?どうかなさいました?」
学園の教師に、学園内を案内してもらっていることを忘れかけていた男は
「いえ…なんでもありません」
そう言って、人当たりのいい曖昧な笑みを浮かべた。
懐かしさが胸をよぎった。
それはいつの時だったのか知らないけれど…
ずっと以前、本当にいつの時代だったのか、見当もつかないけれど…
確かに、懐かしい痛みを感じた。
それでも、もう…