眠り姫に、口付けを。
こんなに強く望んだものなんて、今まで何も無かったのに。
欲しいものなんて、何も無かったのに。
いつもではないが、忙しい合間に訪ねてくれる。
先程そろそろ司令部に『帰ってくる』と、連絡があったばかりだ。
その知らせを聞いて、いそいそとロッカーからいつもは使わない物を取り出す。
「中尉ほど上手くはないが…それなりに使えるだろう」
それにどうせ必要なのはたった一発。
いつもは発火布で大抵のことが済んでしまうので、あまり使わないそれ。
「手入れはきちんとしていたかな?」
手入れ不足で暴発でもされたらたまらない。
それなりの重みを有するそれを、手の中でまじまじと見つめて呟く。
「たまには手入れをするか…」
君のために。
そういえば…使うのは得意ではなかったが、分解や組み立ては得意だったことを思い出した。
「…何やってんの…?」
いきなり声をかけられて、内心とても驚いた。
折角、彼には隠して準備をしようと思っていたのに、これでは驚かそうという計画が台無しだ。
だがもうこれだけばっちり見られてしまったら、隠しようがない。
「よく来たね。小さくて気付かなかったよ」
「小さい言うな!!」
小さいと言うだけでおもしろいほど食いついて来る。
とりあえずこれで、机の上に並べられた部品から意識を逸らせただろう。
そろそろ組み立てないと間に合わないな。
急ぐ必要はないが、早いに越したことはない。
部品は分解する段階で、既に決まった場所に置くので、手元を見ないでも組み立てるのにさほど支障はない。
「まぁまぁ…そうやって喚いていると、自分のコンプレックスを曝している様なものだぞ?」
「う…」
言い返せないのか、悔しそうに言葉に詰まる。
だが、すぐ視線が机の上に落ちた。
「……珍しいな…」
「何がだい?」
問い掛ける最中も、手は休ませない。
「あんたが…銃を持ってんのが」
「私だって軍人なんだよ?使えなくてどうする」
「そりゃそうだけどさ…組み立てたりとか…軍人ならみんな出来るのか?」
先程から手元を見ていた視線を、一瞬だけ窺うようにこちらに向けた。
「そうだね。得手不得手はあるだろうけど…一応は訓練を受けるから…」
「…大佐はこういうの得意なんだ?」
「ん?まぁね…撃つ方にはあまり自信はないが…組み立ては人より早い方かな?」
今の時代、一丁の銃を大切に使っているのは、中尉のようなかなりの腕前の者かよほどの銃好きくらいだろう。
ほとんどの軍人は軍から支給された銃を、使い捨てのようにしているのが現状だ。
だから組み立てや整備が早くても、あまり褒められたことではないのだ。
もっとも本当の戦場では話は別だが。
『分解や組み立ては文句ないんだがなぁ…せめてもうちょっと的の中心を狙ってくれ』
昔、教官に言われた言葉を思い出し、自然と苦笑いを浮かべて話す。
「へぇ〜すげぇ…」
驚いてその声の方向を向くと、金色の眼がこちらを見つめていた。
驚きに尊敬のようなものがプラスされたような視線。
悪い気はしない。
嬉しくてそれが表情に出てしまったのだろう。
一瞬だけ驚いた表情を浮かべた後、照れくさかったのか彼は言い訳のように言葉を継ぎ足す。
「だっていっつも指ぱっちんを乱用してるじゃん」
「こら。指ぱっちんって言うんじゃない」
その日はいつもより、笑顔を浮かべていた気がする。
それもそのはず。
ようやく彼を自分だけのものにする方法に、気付いたから。
組み立ても終了し、既に腰に取り付けていた、いつもはしないホルスターに収める。
慣れない腰の重みに、気分が高揚していくのが分かる。
「終わったんだ?」
「ああ…」
二人揃って視線は腰の方へ向けたままなのだろう。
「どうして普段はしねぇの?それ」
そう言われて腰のホルスターに手を当てて
「う〜ん…重いし…私には銃は向いていないようだし…それに中尉とキャラが被ってしまうだろう?」
「被るかよ。でも…そうか、そうなると大佐に残された手段は、確かに指ぱっちんしかしないよな」
「指ぱっちん…」
「はは…悪い…」
どうやら彼はその呼び方が気に入ったようだ。
その指ぱっちんをやる側の人間としては、少し切ないのだが。
「そうだ鋼の…目を閉じてそこに立ってくれないか?」
「は?いきなり何を…」
「いいから…さあ…」
ろくでもないと思っているのか、わざとらしくため息をつく。
それでも、しぶしぶといった態で彼は壁の前に立って目を閉じた。
「こんな時…何と言えばいいのかな…?」
嬉しさのあまり、舞い上がっていた。
これほど自分は信用されているのだ…と。
「何?」
言われた通りに目を閉じたまま、訊ねてきた。
それには答えず、つい先程腰のホルスターに収めた、小道具を取り出す。
彼を永遠に自分のものにするための“小道具”。
最後に見開かれた目は、やはり黄金のようで…
数多の錬金術師が金を求める理由が、分かった気がした。
だが、少なくとも『焔の錬金術師』が求めたのは、金をつくりだすことではない。
飛び散る血飛沫だけが、やけにリアルで…
誰の血も赤いと知ってはいたが、彼の血はとても美しいものに見えて…
むしろ自分に同じ色の血が流れていることに、罪悪感を覚えた。
何も映さなくなった瞳は虚ろで。
小さな体から熱が徐々になくなっていく。
銃は人の命を奪うものだと、改めて認識した。
「ああ…指ぱっちんにしておけばよかったな…」
改めて自分で言うと、その響きに思わず苦笑してしまった。
けたたましくドアが叩かれる。
「兄さん!!大佐!!ここにいるの!?」
おや。ようやく気付いたようだ。
たった一枚のドアの向こうには、彼の大切な人たちがいる。
そう“このドアの向こう側”に…いる。
彼は白い服に着替えさせ、花で埋め尽くした。
オートメイル自体がそうなのだが、そのオートメイルが傷だらけなのが少し痛々しい。
それが彼の生き方を示しているようで、仕方ないとも思える。
白い服にはすぐに赤い染みが出来てしまったが、それも花のように見えた。
とても、綺麗だ。
これなら彼らも安心して君を見送ることが出来る。
私には…できないかもしれないがね。
一足先に逝った友の声が聞こえる。
『大切にしてやればいいのに』
大切に…していなかったか?
あれほど焦がれたことはないのに。
みっともないくらい対応に困って。
彼の言葉に一喜一憂して。
ああ…でも…
傷付ける事でしか、愛を伝えられなかった。
それは、理解している。
混じりけのない金色に、指を絡ませる。
白く冷たい頬に、指を滑らせる。
「まるで…眠り姫だね」
こんなことを面と向かって言ったら、きっと怒るだろうけど。
「……はがねの…」
これ以外に相応しいものを、自分は知らない。
「君は…誰を待っているのかな?」
眠り姫に口付けを。
それでも未だ夢の中。
だから…まだ…