夜明け



今年は去年より暖かいと言われている。

だが、日付が変わりそうな時間に家の外にいれば誰だって寒さを感じるだろう。

「寒い…」

不機嫌そうな虎鉄。

「そう」

無表情な猪里。

二人の間には、外気温よりも更に冷たい風が吹いているようだ。

「帰っていいKa?」

「いけん」

さっきからこんな調子である。

虎鉄が腕時計を覗き込むと、11:58とデジタルで表示されていた。

虎鉄の誕生日は、もうすぐ終わる。

祝ってくれる気がないなら、わざわざ呼び出したりはしないだろう。

ということは…

(まさか…誕生日を一日間違えてるんじゃNe〜の?)

溜息が漏れて、拡散した。



猪里の機嫌が悪かったのは朝からだった。

教室に入ってすぐぐらいは、まだ普通に(それでもどこかぎこちなく)接していた。

でも、それは今日が虎鉄の誕生日だから、プレゼントを渡そうとそわそわしているようにも見えた。

だが徐々に機嫌が下がってきて…

部活終了後に

「今夜11時、俺んちば来い」

そう猪里は告げると、虎鉄を置いて先に帰ってしまった。

半ば呼び出しをくらったいじめられっこの気分で、虎鉄は猪里の家に向かった。

猪里の手料理を食べたかったが、時間が時間なだけに自宅で夕食を食べて行った。


家に迎え入れてくれた猪里は、やはりまだ不機嫌そうだった。

そして、上着を脱ぐ間もなく虎鉄は、猪里に腕を引かれてベランダへ連れ出された。

ベランダへ出ると、猪里は虎鉄の腕を無造作に離し、冷たいコンクリートの上に腰を下ろした。

その視線は夜空へと向かっていた。

あまり沈黙が好きではない虎鉄は、猪里の機嫌が悪いのを無視して話しかけた。

「寒くねぇka?」

シカトされることを覚悟していた虎鉄に、猪里は心持ち心配そうに

「虎鉄は…寒か?」

空から虎鉄に視線を移す。

「いや…寒くねぇYo」

その答えを聞くと、猪里はまた夜空を見上げた。

「何か…言いたいことがあるんじゃNeえ?」

猪里は首を横に振る。

そして、暫くお互いに口を開かない状態が続いた。



どうやら、虎鉄は眠っていたらしい。

「ねぇ…虎鉄…」

不意に聞こえた猪里の声に、虎鉄の肩が勝手に跳ねた。

その拍子に、いつの間にか掛けられていた毛布がずり落ちる。

猪里が掛けてくれたのだろうと、猪里へ視線を向ける。

「猪里?」

「朝ってこげんしてやってくるばい」

振り返った猪里は、どこか遠くへ行ってしまいそうに見えた。

再び空へと視線を向けた猪里と同じように、徐々に色の変わっていく空を眺める。

ちらりと時計へ目をやれば、いつもならようやく起き出す時間だった。

(へぇ…朝ってこうやって来るんだNa…)

漠然とそんなことを考えていた虎鉄は、急に不安になってそっと猪里の肩に手を置いた。

「虎鉄の誕生日はもう…お終いたい」

そう言って笑った猪里は、泣きそうな表情をしながら虎鉄の手から逃れる。

それでも、泣き出しはしなかったが。

「覚えててくれたんだNa…」

「忘れとったわけやなか…」

少し拗ねたように目を逸らして呟く。

「虎鉄が皆に祝福されとって、虎鉄が嬉しそうに笑っとって……俺はどげんしたらよかったと?」

「…なぁ…猪里それってさ…」

ヤキモチみたいじゃねぇKa?

「それもわからんと?」

太陽のせいか、寒さのせいか、照れているのか…

猪里の頬は赤く染まっていた。

恐る恐る伸ばした虎鉄の手を、俯いたままの猪里は拒まなかった。





翌日、朝練に遅刻して牛尾に怒られている二人がいたとか、いなかったとか?


「牛尾さん!昨日は俺の誕生日だったんですYo!?」

大目に見てくださいYo☆

ウインクまでした虎鉄に、にこにこキャプテンは

「そうだね。でも昨日は昨日。今日は今日。いいからグラウンドを走って来たまえ」

朝っぱらから燃えているのに、通用するはずがない。

「そんなぁ…」

うな垂れる虎鉄を一瞥して、猪里は微笑んで走り出した。







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