少し釣り目気味の大きな目で見上げられ

「あなたはすごいです」

急にそう言われても、幼い子供の言葉を信じるには、自分は変に大人すぎたのだ。





新任教師の半助が正月の挨拶にと、お世話になりっぱなしの伝蔵の家を訪れたその夜だった。

「えっと…利吉君?どうして…そんなことを?」

何だかよく分からないが褒められたことは、嬉しくないわけではない。

ただ、理解不能なだけだ。

「ちちうえがおっしゃっていました」

たどたどしい言葉を要約すると、こんな感じだそうだ。

忍は常に忍ぶわけではないので、山奥などに住むのではなく、逆に怪しまれないように町中に住む。

無論、忍の習性を少しでも出してしまえば、それは人に不信感を抱かせるだけだ。

そして普段から得意技などはあまり見せず、できるだけ無能だと思わせた方が、後々行動しやすくなる。

味方が敵になった時、それを封じられるかもしれないから。

などなど…

「ちょっと待って利吉君」

子供の素直な言葉の中に、どうしても気になる言葉があった。

「君は…常々、私のことを無能だと…?」

「はい!」

元気よく返事をされても、引き攣った笑みしか返せない。

「そ、そう…」

いちいち子供の言うことなど気にすることはないと思うのだが…

「いつもはとてもお優しいのに、いざとなるととても頼りになる方だと思います」

「…え?」

何だかとても褒められた気がした半助は、頭の中でその言葉を反復した。

「だからわたしは、あなたはすごいゆうしゅうな忍なのだと思っています」

優秀な忍である伝蔵を間近で見ているにも関わらず、年若い半助のことも認めているようだ。

情報からだけでなく、相手の力量を見定めた上で、それを総合的に判断する。

まだ十になったかならないかの子供の言葉に、流石の半助も感嘆した。

若いからと言うだけで、学園でも技量をなかなか認めてもらえない半助の心に、稚拙な賛美は心地よく沁みた。

「利吉君は…優しいなぁ…」

そして何より同僚の息子の優しさに、笑みが浮かぶのを止められなかった。







「…なんて時期もあったのになぁ…」

「何か仰いました?」

利吉は器用に、隙あらばまた組み伏せようとしながら訊ねている。

「君は今でも、私のことを優秀な忍だと言ってくれるのかな?」

すると、妖しく動かしていた手を止め、完全に半助から距離を取ると急に畏まり

「……もちろんです」

そう答えた後、苦笑しながら付け足した。

「あなたは…優秀すぎて困ります」

いつの間にか逞しくなった腕や、低くなった声。

それでも変わらないものがあった。

「追い越せないじゃないですか…」

困ったように笑う利吉に、同じような笑みを浮かべた半助は思ったままを口にした。

「充分、追い越された気がするけど?」

忍としての技量は、もしかしたら若く経験豊富な利吉の方が上かもしれない。

「いえ…まだまだです」

真剣な表情に見惚れてしまったことを隠そうと、冗談めかして半助は答えた。

「そう…追い越されないようにしないとね」

「追い越してみせます」

そう言って力強く告げた顔が、あの日の笑顔と重なる。

胸が苦しくて、少し泣きそうになった半助もまた、微笑んだ。










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