いつしか5年の歳月が流れていた。

落ちこぼれと言われていた子供達も、年を経るごとに徐々に忍びの術を使いこなせるようになっていった。

もちろん、実戦経験が豊富だったことも、大きな要因だろう。

それぞれが歩き出した。





さほど大きな領土を治めていないが、城付きの忍になった、乱太郎。

危険だが給料がいいと、利吉同様フリーの忍となることを決めた、きり丸。

海外に目を向け始め、貿易商として父と共に働く、しんべヱ。

家業の染物屋を継ぐだけでなく、染料の開発をし始めた、伊助。

武士である父の反対を押し切って、風魔の学校で教鞭をとることにした、喜三太。

忍としての知恵を生かしつつ、武士となる道を選んだ、金吾。

山伏として諸国を歩きつつ、どこにも属さないが忍のように働こうとする、三治郎。

成績も良く将来を有望視されていたが、家業の炭屋を継いだ、庄左ヱ門。

父の跡を継いで馬借の親方となり、これからの流通業を真剣に考えている、団蔵。

銃好きが高じたか、とある城の鉄砲隊長兼忍を勤めることになった、虎若。

作法委員での経験と手先の器用さを生かして、髪結いとして生きていくことにした、兵太夫。



それぞれが、歩き出した。







簡素な式が終わり、それぞれの生徒が通い慣れた教室へ入っていく。

いつもは話の長い学園長の話は、こんな日だというのに短かった。

ただ、そこには「生きろ」という思いが強く込められており、その場にいた全員の胸を衝いた。

彼は彼なりに、己の業を分かっていて、敢えて生徒達を送り出している。

だから生徒達は己が道をしっかりと見据え、自分の足で歩き出すことができるのだ。







教室に戻れば、いつもの笑顔で担任達が待っていた。

しかし、過ぎた年月を物語るように、それぞれ少し老けたかもしれない。

恐らく伝蔵は、これが最後の担任だろう。

11人全員がいつもの席に腰を下ろす。

そして、じっと担任からの言葉を、待っていた。

だが、伝蔵は

「わしが言うことはない」

言いたいことは、全て言ってきたし、態度にも出してきたつもりだ。

「分かっておるな、お前達?」

その視線に、皆が姿勢を正したのは、気のせいではないだろう。

それを見た伝蔵は、満足そうに微笑んだ。

「ほれ。あんたの番ですよ」

押し出されるようにして前に出てきた半助は、皆の顔を一人ずつ丁寧に見てから口を開いた。

「このは組みの誰かが…敵同士になることがあるかもしれない…」

例え忍としてではなくとも、それぞれがそれぞれの立場によって、敵となりうる。

そういう時代だから。

「その時は…」

無表情ともいえる半助の表情に、子供達が不安そうに顔を見合わせた。

「己の信じるもののために、戦いなさい」

隣で聞いていた伝蔵の目が微かに見開かれるが、すぐに元の表情に戻った為、誰にも見られることはなかった。

「…たたかい、なさい」

急に俯いた半助の声は震えていて、誰もが彼は泣いていると思っていた。

「ただ、忘れないでいて欲しい…」

それでも、顔を上げた半助は、泣いてはいなかった。

「…ここで過ごした日々だけは、忘れないでくれ」

ただ、それは確かな叫びだった。



「先生!!だ〜いじょうぶだって!」

場違いなほど明るいきり丸の声に、全員の視線が集まる。

「俺達は忍術学園の敵には、絶対にならない」

乱太郎としんべヱが頷いた。

「自分の意志で戦いを避けることだってできる」

伊助と庄左ヱ門が頷いた。

「生き延びる術は、先生方に教えてもらったんだから」

虎若と金吾が頷いた。

「自分と守りたい者の為に戦うよ」

団蔵と兵太夫が頷いた。

「未来を自分達で良くしていきたいから」

喜三太と三治郎が頷いた。

「俺達が信じるのは…」

そして皆の視線を一身に浴びて、きり丸は言い放った。

「この、仲間達だ」

揃ったように頷く生徒達は、あの頃のままの素直な瞳で、半助を見つめていた。





時を経ても、子供達は子供達で…

やはり自分の教え子なのだと…

半助は、深く深く微笑んだ。

そして、嬉しいのか悲しいのかも分からず、少しだけ泣いた。










これから先、子供達が戦い合うような世界にならなければいいと…

半助も伝蔵も、関わった全ての大人達が、いつも願っている。











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