少し離れた場所で二人の最期を見ていたくのいちは、不意に昨日までの出来事を思い出していた。
それは、幸村がまだいたころの記憶で、ぼんやりとした喪失感だけが胸に去来した。
鎖鎌によって、深々と刻まれた傷に手当てを施しながら、くのいちは柄にもなく泣きそうになった。
「全く…無茶ばっかりして…」
そう憎まれ口を叩く声にも、いつもの快活さはない。
「…なに…そろそろ決着をつけるべきかと思ってな…」
ここ最近見たことのない程、穏やかに笑う幸村に、胸騒ぎのようなものを感じたくのいちは
「……何に?」
手を止めて、幸村の目をしっかりと見据えて、問い掛けた。
もともと嘘をついたりすることが得意ではない幸村だから、その問いに真剣な表情で正直に答える。
「……私達の…日々に…」
“私達”という形容に、それが目の前の傷を付けた相手だと即座に気付いたくのいちは、呆れを多分に含んだ声で反論した。
「そう言うほど、一緒に過ごしてないじゃん」
それに、仲良しでもないしぃ〜?
ようやくいつものように笑ったくのいちは、だがすぐに表情を曇らせる。
「…そうか?」
そう言って苦笑いを浮かべる幸村の余裕に、思い当たることがあったくのいちは絶句した。
「まさか……幸村様…!!」
あまり頻繁ではないけれど、誰にも…それこそくのいちでさえ気付かれないように、幸村は城を抜け出していた。
くのいちがそれに気付いたのは、ごく最近だったが、目的地は誰にも分からないままだった。
まぁ年頃の男性であるわけだし、出会いも少ないだろうし…と、勝手に行き先を予測して、許容していたのだ。
興味本位ではあるが、何度か訊ねてみても肝心な事には黙秘を続けられたので、徐々にそれ以上訊ねることをしなくなっていた。
ましてや「ついてくるな」と言われていたから、雇われ人としては主の命令に背くわけにはいかない。
それにくのいち自身、主のプライバシーに深く踏み込む気はなかったので、それっきりとなっていたのだが。
「……あいつだったんだ…」
「…ああ」
今更隠しても仕方がないと分かっているようで、幸村は何の躊躇いもなく頷いた。
敵方の人間と逢引をして、平気でいられるような人間には見えない幸村だが、それ程までに想いは深かったと言うことだろうか。
「…でも…そんなの……愛なんかじゃないよ…?」
まるで子供に言い聞かせるような口調になってしまったくのいちの言葉に
「…いや…これが、私達の、愛し方なんだ」
いつも誰かにそう言われることを想定していたかのように、幸村は淀みなく答えた。
「だって…一緒にいれないし…このままだと…」
このままだと…どちらかが、死ななければ、乱世は、終わらない。
くのいちの言いたいことなどお見通しだったかのように、幸村は、微笑した。
もちろんその笑顔の効果は絶大で、くのいちは口を閉ざさざるを得なかった。
それでも尚、言いたいことがあったのか、囁くように言葉を紡ぐ。
「違うよ…二人とも悲恋に酔ってるだけだよ」
「ははっ…そうかもな」
辛辣な言葉にも、幸村は笑みを崩さず、むしろ笑みを深くして
「でもまぁ、欲を言ってしまえば限はないが…」
何でもないことのように、いつもの口調で言葉を紡ぐ。
「…出来ることなら…」
ほんの一瞬だけ、いつも側にいたくのいちだからこそ分かる程の、表情の変化があった。
「共に、生きたかったかもしれぬ」
そう言って微笑む一瞬前に、泣きそうな表情を見せた幸村の様子で、くのいちには全てが分かってしまった。
「ああ…そうか…」
狂おしいまでの感情を、二人とも上手く隠してはいるけれど…
「やっぱり二人は、愛し合ってるんだぁ…」
くのいちがそう呟けば、幸村は少しだけ、照れくさそうに、微笑んだ。
「愛って何だ?」
銃の扱いに長けた雑賀の名を持つ男の口癖を、真似てみた。
それに答えるべき人達は、もう、どこかへいってしまったけれど。
きっと、あの真っ直ぐな主殿なら、躊躇わず答えただろう。
『刹那にでも、想い合うことだろう?』
あの時と、同じ微笑で。
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