暫し思案していた家康は、どうやら考えがまとまったらしく大きく息をつく。

「半蔵…」

その呼気同様の声量でその名を呼ぶと、いつの間に居たのかひっそりと影が動いた。

「…そろそろ頃合かと思うが…」

「御意」

そう答えると、まるで幻だったかのように半蔵の姿は消える。

仕事に真面目な忍は、すぐに手を回しにいったのだろう。

振り返った家康は、半蔵がいたであろう暗がりに視線を向けると

「…すまぬ」

もう何度も呟かれた家康の言葉は、一度も本人には告げられなかった。







「あの乱派に深入りしない方がいい」

幸村がいきなり三成にそう言われたのは、鍛錬終了後だった。

諸肌脱いだ肩が、日差しに焼かれているのが分かるほど晴れていた。

「お前が懸想しているのは、知っているが…」

畳み掛けるように告げる兼続に視線を向ける幸村は、槍を立てかける時の不自然な体勢のままだ。

「お前の為だ」

厳しい口調で告げる三成は、大名間の雲行きが怪しくなってきたことを直に感じている。

「私は…」

槍をちゃんと立てかけて、軽く汗を拭う。

いつもは無意識の行動を意識して行うあたり、幸村もあまり平然としていられなかったようだ。

もちろん、目の前の二人がそれに気付くことはなかったが。

「あの人が、あの人である限り、この想いを殺したりできません」

友の苦しい状況が分かっている幸村も、本当はこのまま彼に現を抜かしている場合ではないと知っている。

時代の情勢が分からぬほど愚かでもないつもりだ。

…ただ、諦めきれていないだけで。

「…ならば……押し込めることは可能か?」

兼続の一言に、三成が緊張したのが分かった。

一瞬だけ幸村も緊張したが、すぐに

「…できます」

そう答えた幸村の表情は、どこか贋物染みていた。

それでも今、二人に出来ることは、その言葉を信じることだけだった。







暖かな風が吹き抜ける。

その感覚が、あの若者を思い起こさせた。

「会いたい」

未だそう言う資格が己にあるか分からない半蔵だが、苦笑しつつ出かける準備を始めた。