半蔵と全く反対の陣営につくと分かってからも、表面上は幸村に変化は無かった。

ただ槍の稽古に余念がなくなったくらいだが、それはいつもの戦支度と何ら変わり無い。

しかし、それをぼんやりと眺めていたくのいちには、その槍先のぶれや足運びの乱れが目に付いてしょうがない。

「…幸村様〜休憩にしたらどうですか〜?」

普段の幸村にとっては大したことない運動で、息を弾ませているのが気になったという理由もある。

だがどちらかというと、動揺しているくせにそれを抑え込もうとしている態度を見ていられないという理由が大きい。

(らしくない)

そうは思っても、彼女は自分には何も出来ないと分かっている。

己に出来ることは、戦が始まる前の情報戦で、どれだけ多くの確かな情報を得られるかだと思っている。

だからこの忙しい時に仕事を休ませてまで、くのいちを側につけた昌幸の心中は計り知れない。

だが、幸村を案じているらしいことだけは感じ取れた。

「はい。お茶と団子」

「…えらく準備が良いな」

「侍女が持たせてくれたんで」

もちろん自分が用意するはずが無いと主張しておく。

彼女は彼女なりに己の仕事に誇りを持っている。

「そうか」

そう言って濡れ縁に腰掛けた幸村は、じっと団子を見つめる。

「…食べないんですか?」

あまりにも不審な主に、控えめに問い掛けると

「いや…食べる」

と呟いて口に含んだ。

「ああ…やはり…」

咀嚼し終わると、また何事か呟くので本気で心配になってきたくのいちだが、彼はそんなこと気にしていないらしく

「うまいぞ。そなたも食べるといい」

満面の笑みでくのいちの方へ皿を押しやった。

「…いただきます」

くのいちも甘いものは好きなので、腑に落ちないまま遠慮なく手を伸ばす。

「うまいか?」

「おいしいですね」

まだ咀嚼しつつそう答えると、いつもは「口にものを入れたまま喋るな」と注意をするくせに、何も言わない。

ただ事ではないとは思ったものの、どう切り出せばいいか分からないまま、口の中のものを飲み込むと

「恐らくあの店のものだな…」

どこか懐かしむような表情の幸村に、ざわつく気持ちを抑えながら問い掛ける。

「あの店って…?」

「よく半蔵と団子を食べに…」

思い出話をするつもりでごく自然に出た言葉は、今はすべきではない話題だった。

急に口を閉ざした幸村は、油断なく周りを見回す。

「…大丈夫ですよ。ここに私以外の草の者はいませんから」

だから好きなだけ惚気て下さい。

冗談でそう言ってみたくのいちに

「ありがとう」

ちょっと寂しげな笑みを浮かべて、幸村は肩の力を抜いた。





結局、それっきり沈黙が続き、気付けば日も落ちきっている。

汗が引いて寒くなったのか、幸村がくしゃみをした。

それがきっかけでまた時間が動き出したのか、くのいちは思わず

「残念でしたね」

「いや。こうなることは分かっていた」

それが半蔵のことであることは、暗黙の了解のようで、すぐに言葉が返ってきた。

「で?本音は?」

「え?」

「本音は?」

畳み掛けるくのいちの真剣な眼差しに、幸村は微苦笑しつつ

「…連れ去りたい」

「また無茶な…」

そうは言いつつ、彼女は幸村の感情を非難しなかった。

「ん〜…会いたいけど、会えない…かぁ…」

ふと見上げた空に一番星を見つけたくのいちは、古い大陸の話を思い出した。

「七夕伝説みたいですね」

本当はくのいちとしては茶化して、いつもの困ったような幸村の笑顔が見たかっただけだ。

「七夕…か…」

だが、確かに苦笑を浮かべた幸村の顔を見て、くのいちの気持ちは治まらなかった。

「しかし、彼らはお互いに会いたいと思っているのだろう?」

「…半蔵だって、会いたいって思ってますよ」

「……だと…いいが…」

そう言いながら、その可能性はないと思っているのだろう。

己の予想に酷く傷付いた顔で、それを振り切るかのように幸村は微笑んだ。

到底、笑みなどといえるものではなく、ただ頬が引き攣っただけの表情。

無意識のうちに、くのいちはそれから目を逸らす。

忍として感情を偽ることを苦ともしないくのいちだが、この時ばかりは泣きそうになっていた。

「…ならば…」

それを咎める素振りも無く幸村は不意に呟く。



「私達の天の川は…何だろうな?」



くのいちには答えられなかった。

分からないわけでもないし、幸村の望む答えを出せないわけでもない。

だが彼女は答えなかった。





それは、ここにはいない彼の人へ向けられていたのだから。