居ないと思っていた。
今更行ったところで、もう既に敵となってしまっている。
だから…居ないと、思っていた。
いや、実際にはそこに居なかったのかもしれない。
だがそれが、会いたさから見た夢幻なら、どれだけ幸福なのだろう。
見つめる眼差しも、ちょっとした癖も、爪の形までも、こんなに鮮明に覚えているのだと。
これほどに強い想いが、己にもあるのだと。
少し気恥ずかしいけれど、それは誇るに値する感情。
誰が居るわけでもないはずの、あの屋敷に忍んで行けば、会いたいと思っていた人がいた。
驚きに立ち止まってしまった半蔵に、幸村は少し疲れの見える笑顔で応じる。
胡坐をかいている彼はいつからそこにいたのか、軽く上半身を伸ばすとパキっと小気味よい音がした。
「久しいな…」
「ああ…」
落ち着き払っている幸村に、逆に半蔵の方が動揺してしまう。
それを見抜いたのか、ちょっと困ったように笑って
「半蔵…こちらへ」
子供がするような無邪気さで、半蔵を手招く。
大人しく幸村の前に座ると、その距離に不満があったのかすぐに幸村の方が近付いた。
久方ぶりに見た幸村の顔を直視できなかった半蔵は、微かに俯いてしまう。
会えるだけで嬉しいという段階は、とっくの昔に過ぎてしまった。
今は会うことに苦痛を伴い、その痛みを抑えて振る舞うなど、いかな半蔵でも無理そうだ。
(やはり…来るべきではなかったか…)
本当に気紛れで、ここへ訪れた。
もしかしたら、彼らしくないことだが、思い出を辿ろうとでも思っていたのかもしれない。
「少し、やつれたか?」
しかし以前と変わりない様子の幸村は、そう言って半蔵の頬に触れる。
労わるような声と指先に、叫びだしたいほどの感情が溢れた。
もちろん、表には一切出さなかったが。
「…お前も…」
半蔵が同じようにして幸村の頬に触れると、驚いたように軽く目を見開く。
そしてすぐに泣きそうに歪んだ表情に、幸村の想いを知る。
幸村も半蔵と同じように、痛みを抱えていた。
「…もののふ…これで我らは…」
「もういい…何も言うな…」
「しかし…」
「頼む…もう…何も…」
本当はまだ気持ちの整理がついていない幸村に、半蔵はそれ以上何も言わなかった。
ただ抱き付いてくる幸村の背に腕を回し、その力に負けないほどきつく抱きしめる。
これは夢だと互いに言い聞かせながら、お互いの温もりを求め合う。
いつしか本当の夢に落ちても、無条件に温もりを得られると思って。
だが、夢から覚めて触れたのは、夢の抜け殻だった。
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