大人の噂は、嫌でも耳に入ってくるものだ。
しかもその噂の張本人なら尚更。
それが良い噂ならばまだいいが、悪い噂なら子供が傷付かぬはずがない。
いつの夜からか、こうして家康は唯一の友の膝で泣く癖がついてしまった。
最初は控えめだった嫌がらせが、徐々にあからさまになってきたこと。
ほんの僅かしか過ごせなかった故郷が、堪らなく恋しくなること。
そして何より、何も出来ない人質としての自分が、惨めに思えること。
そんな様々な理由で、半蔵に泣き付く。
泣き付かれた彼は嫌がる素振りもなく、いつも言うのだ「我慢しなくていい」と。
己を殺して生きる彼に、そう言われると、また自分の弱さに泣きたくなったものだ。
いつの間にかそれが、家康の救いになっていたことに、二人は気付いていなかった。
ひとしきり泣いて泣き腫らした目を上げると、急に家康は立ち上がった。
そして、夜だというのに障子を開け放つと、誰もいない戸外を睨み付け
「半蔵…わしはいつか天下をとる」
しっかりと前を見据える家康の目は、子供特有の輝きを持っていた。
「……はっ」
そうして片膝を付いた半蔵の伏せた目は、子供特有の憂いを持っていた。
「半蔵…」
振り返って、跪いていた半蔵の腕を引っ張って立ち上がらせると、やや低めの友の目に視線を合わせる。
それでも表情の変化がない半蔵に、家康は真摯な表情で告げた。
「わしのそばで天下をささえよ」
「御意」
躊躇うことなく答えた半蔵に、音も無く家康の顔が綻んだ。
それにつられるように、半蔵も表情を緩めた。
それは、ただ無邪気な子供の約束だったのかもしれないけれど。
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