叔父である信尹を無下に追い返すことはしなかったらしいが、あまり芳しい返事ではなかったようだ。

傍から見ても分かるほど、帰ってきた信尹は気の毒なくらい気落ちしていた。

「駄目…か…」

「はい…とても」

頻繁にこちら側の使者が行けば、二心がなくとも幸村は大阪方に疑われるだろう。

それを避けたいだろうから、あちら側はもう使者にすら会わなくなる。

と、すれば…

「次で、最後か…」

「次は如何すれば…」

それでも信尹は投げ出さずに、顔を上げて家康と半蔵を見据える。

家康はその目に、過ぎし日の──関が原の合戦直後の、信之や稲姫と同じものを見た。

そこには、どうにかして大切な肉親を失いたくないという思いが、強く込められていた。

その気迫のようなものに、不覚にも家康が怯んだ隙に半蔵が口を開く。

「横より失礼…何と言っても無駄かと…」

「服部殿…?そう、ですね…幸村のことです…意地になっているのやも…」

「そうではござりませぬ」

「え?」

「どういうことじゃ?半蔵?」

後ろに控えていた半蔵は、やや前に身を乗り出すようにして

「次は信濃一国で誘ってはいかがでござろう?」

「何を!?服部殿は…!」

あまりにも法外な見返りに、信尹が思わず声を荒げる。

「よい…次は信濃一国と伝えよ」

「大御所まで何を!?」

しかもそれに対して、家康までも何も言わないことに、苛立ちに似た感情のまま信尹は叫んだ。

「それでも幸村はこちらに付かぬと言うのだな…?」

無言で頷く半蔵に、声も出せぬほど信尹は驚いていた。

ようやく搾り出すように声を発するも、何を言っていいかは分からなかった。

「そんな…いくら幸村でも…」

「…最後の機会じゃ…賭けに出てみるのも悪くない」

信尹の迷いを感じ取ったのか、皆まで言わせず家康はそう告げた。

「……承知致しました」

もとより信尹に、そこまで意見する権限があるわけでもない。

直ぐに姿勢を正すと、深々と頭を垂れ恭順の意を示した。





再び静まり返った空間で、まるで独り言のように家康は口を開いた。

「…幸村は…どうすればこちらにつくであろうな?」

「家康様の首と交換ならば…」

「はっはっはっ。それでは本末転倒であろう」

「いかにも」

「…ならば、徳川の守り神…お主と交換ならば?」

「全く話になりませぬ」

「そうか…」

納得したように頷いた家康だが、不意に思ったことを口に出してしまう。

「意外とこちらに寝返ってくれそうなものだが…」

「…もう…無理でござる」

二人は既に決心してしまっている。

この二人の間に、どのようなやり取りが交わされたのか、家康には見当も付かなかった。

「……そうか」

だが直感でそう思った。



もう、手遅れなのだと。











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