最後の武士の死で、大阪方はもはやこれまでだろう。
そう判断した家康は、静かに呟いた。
「勝鬨を…」
かろうじて聞き取れた伝令が、勝鬨を上げる為の準備に走り出す。
間も無く、地を揺るがさんほどの勝鬨が響き渡った。
急に沸き起こった鬨の声にも微動だにしなかった半蔵は、急に何かを思い出したかのように
「家康様…」
大音声に紛れてしまいそうな微かな声だったが、家康にはしっかり届いていた。
いつだって、側で聞いていた声だったのだから。
「…何だ?」
「我が主よ…これで…貴方様の天下…」
「…うむ……大儀であった」
その言葉に、普段の半蔵からは想像できないほど嬉しそうに微笑む。
子供が親に褒められた時の様な無邪気ともいえる表情は、多くの将に目撃された。
そしてその笑みのまま再び幸村の体を抱きしめると、何事か幸村の耳元に囁き、その手に握られたままの槍を手元に引き寄せた。
「…半蔵…?」
何をする気か、そう問いかけようとした家康を見て、更に笑みを深めた半蔵は
「さらばでござります」
そう呟くと、迷うことなく己が首を掻き切った。
「半蔵!?」
驚きその名を呼んでも、もう手遅れであることは明らかだった。
何故なら彼は、相手を一撃で殺せるほどに、人体の急所を知り尽くした忍なのだから。
耳鳴りに遮られ、勝鬨でさえも家康の耳に入ってこない。
ただ、無音。
幸村に寄りかかるように俯いた半蔵の内の紅と、幸村の鎧の赤の境目が、家康には分からない。
そのまま、じわりじわりと紅く赤く染まりゆく景色から、ただ目を逸らせなかった。
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