戦が終われば論功行賞が行われる。

この為に、人々は己が命をかけてまで戦うのだ。

先日、国許へ帰った主な大名に手紙を送り、今回の褒賞を与えた。

ただし今回の戦は豊臣を根絶やしにすることと、各地の大名の忠誠心を試す為だったので、実入りは少ない。

所詮、秀頼の領地を取り上げたとしてもほんの六十数万石で、とてもではないが今回参加した大名へ割り当てるわけにはいかなかった。

それでもとりあえず、領地以外の刀剣や茶器などを見繕ってどうにか誤魔化した。





そして家康は、それらから解放されてからようやく自らの家臣達に対する論功行賞を行っていた。

決まり事として最も功績のあった者の名から呼ぶのだが、当の家康は名を書かれた紙を開いたまま黙りこくっていた。

「…家康様?」

手元の紙を凝視したまま動かなくなった家康に、小姓が控えめに声を掛けたが、その声に反応も示さずただ紙を握り締める。

ややあって目を閉じた家康は、張りのある声で告げた。

「……服部半蔵」

用意されていた紙には全く別の人物が書かれているが、あえて家康はこの名を最初に呼んだ。

「所領を今の百倍に加増する」

流石にこの破格の扱いには、家臣達から不満の声が上がる。

それがまるで聞こえていないかのように、ひどく穏やかに家康は微笑んだ。

「だが、半蔵はそんなこと望まんのだろうなぁ…」

そう呟いた家康の頬が濡れているのに気付いた家臣達は、もう何も言えなかった。

彼らとて知っているのだ。

最期は裏切ったような形になってしまったが、かの忠臣がどれだけこの主を支えてきたかを。

静まり返った空間に、穏やかな家康の声が響いた。

「よって一番槍の者に…」







特に家臣達からの大きな不満もないまま、論功行賞は終わった。

もっとも不満があっても、今の徳川に易々と異議を唱えられるような者は大名とていないだろう。

ふと背後に気配を感じた家康は、苦笑しながら振り返る。

「……忠勝か」

「左様に…」

違う名を呼びそうになったが、彼の者は気配も無くそこに立つはずだ。

それに、もう…

「…先程の論功行賞の説教か?」

冗談めかして訊ねた家康に、眉をしかめた忠勝は首を横に振る。

「そうではございませぬ。これから…服部党…どうされるおつもりで…?」

本当なら半蔵自身の功を称え、その子供か一族に何らかの褒賞をとらせることもできたはずだ。

最期の醜態を目撃した者がいたとはいえ、彼のこれまでに成してきたことは誰にも真似は出来ないほど大きなものだ。

納得せざるを得ないだろう。

だが、敢えてそれをしなかったということは…

「…流石は忠勝…気付いておったか」

苦笑して呟いた後、家康は真剣な面持ちで忠勝を見据えて告げた。

「服部党…取り潰しにかかるぞ」

「……承知」

所詮、まとまりのなくなった組織など、足手纏いでしかない。

それに、それが彼の望みであるような気がしたから。











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