幾度目かの桜の季節を数え、元就の顔にも皺が目立ち始めていた。

裸足のまま庭に降り立った元就は、立派な桜の木の本で立ち止まる。

その後ろに同じように裸足で立っているのは、かつて四国の鬼と恐れられた男。

自分の後ろに元親がいないかのように、元就の視線はどこか遠くを見つめていた。

「…長曾我部殿…」

それは同盟を結んでいた国の主でしかなかったはずだ。

それがいつしかこうして心の奥底に、決して消えない傷跡のように残ってしまったのか。

「知り合ってもう数十年経つってのに…今更そういう他人行儀な呼び方やめろって…」

そう苦笑を浮かべる元親が送った桜の幹を、愛しげに何度も何度も元就は撫でる。

その表情は、どこか儚く、哀しげでもあった。

「…元親」

「何だ?元就」

「ずっとお前に言えなかったことがある…」

「…まさか…浮気してたとか…じゃねぇよな…?」

茶化すように(半分本気で)訊ねた元親の言葉など聞こえなかったかのように

「ずっと言いたかった。けれど、素直になれず…こうして歳ばかり重ねて…」

「お前は…今でも綺麗だぜ?」

世辞でも惚れた欲目でもなく、事実元就は昔の面影そのままに、怜悧な美貌を保っていた。

だが、昔と変わらぬ姿の元親ほどではない。

「元親…」

「ん?」

「…愛している」

「はぁっ!?マジかよ!?」

「…幾千万ほどにも告げてくれたお前に…酬いれぬが…」

「ちょっ…いいって!!一回だけでもすっげぇ嬉しいんだけど!?」

興奮している元親と対照的に、どこか悲痛な面持ちで元就は言葉を繰り返す。

「…元親…愛している…」

「ああ…俺もだ…元就…」

「…元親」

桜の幹に額を押し付けた元就は、泣きそうな表情で何度もその名を呼んだ。





「元親」





憎しみも愛しさも、全てこの名に還るから。







「ぅ…っ…もと、ち、か…っっ!!」

「うおぉい!!泣くなって!!お前に泣かれんの弱いんだよ…」

本当に泣き始めた元就の後ろで、相変わらずの巨躯を丸めるようにしてわたわたと慌てている。

「何故だ…元親…何故…」

そんな元親のことなど気にせず───事実、彼には見えないのだけれど───涙を流し続けていた。





「…何故、我を置いて逝った!!」





血を吐くほどの叫びに、漸く元親は己の正体に気付いた。



「嗚呼…そうか…俺は…」



この世の者ではない。



「本物の『鬼』…だな…」



自嘲を浮かべても、元就がそれに眉を顰めることは、もうない。

「何故だ!?父上も兄上も隆元も…お前までもっっ!!」

半狂乱で叫ぶ元就に、かける言葉も伸ばす手も、もう元親は持ち合わせていない。

「何故、我を置いて逝くっ!?」

「元就…」

それでも、もう決して触れられない手を伸ばす。

「…いいぜ…」

そして、昔と変わらぬ顔で元親は微笑んだ。





「狂えよ」







それが愛した標なら。