同盟を結んでいたはずの四国に攻められて、中国は思いのほかあっさりと落ちた。

それはまさに鬼の侵略とでも言うべき残虐さで、生きている者がいることが不思議なほどだったという。





「よぉ。久しぶりだな」

いつもと同じ挨拶に表情。

いつもと違うのは、手土産がない事と、その挨拶を向けられた元就が満身創痍であることだった。

「……いっそ殺せ」

「はぁ?やっぱ親子だな…てめぇの長男と同じこと言いやがる…」

苦笑を浮かべる表情は常と変わらないことが、余計にこの状況を異常に感じさせる。

「た、隆元は…」

思わず裏返ってしまった声に顔をしかめた元就だが、それを元親は気にしなかった。

どこかきょとんとした表情を浮かべた後、まるで何事もなかったかのように

「殺っちまったぜ?」

「な…んだ、と…?」

「お前の実の子供なんだろ?」

「…そうだ」

「つまりはてめぇが女に孕ませた…っつーことだ」

直接的な言葉に、元就が思い切り顔をしかめる。

「許せると思うか?」

「…そんなこと…貴様に関係なかろう」

「……関係ない…ね…お前…いっつもそうだよな…」

その表情は元親がよく見せていたもの。

いつもつれない元就の言葉に、本気で傷付いた時の表情。

「俺の考えも関係ないんだろ?」

言いたくないことは言わない元就だが、言うべきことは言う。

だから、沈黙は肯定と捉えて間違いない。

「…だから、こんなことになったってぇのに…」

大きな傷こそないが、細かな傷を負った元就の頬に、やや無骨な長い指が微かに触れる。

触れるか触れないかの微妙な距離に、元親に与えられる快楽に慣れすぎた身体が震えた。

それから逃れようとした元就を、元親の一言が止める。

「お前のせいで毛利が絶えるな…」

父や兄から託された毛利を守ることが、元就にとっての使命ともいえるもの。

その一言は元就を脅すには最も効果があった。

「…な、何でも言うことを聞く!!」

だから残りの息子達は助けて欲しい。

「へぇ…マジかよ?」

珍しく切羽詰った声の元就に、珍しく冷たい目のままの元親は何気なく呟く。

「しまったな…一人くらい生かしておきゃよかったか」

その言葉からは、絶望しか読み取れなかった。

それでも元就の口は、問い掛けることをやめられない。

聞きたくないと思いつつ、どうしても聞いておかなければならない気がした。

もしかしたら本当は優しい鬼が、こっそり匿ってくれているのではないか、といった期待があったのかもしれない。

「…元春は…」

「元春?ああ…次男か…」

「隆景は…」

「三男だな……じゃあまずは、次男坊について…」

やんちゃな性格の割りに、見た目はどこか亡き妻に似ていた。

「お前に似てねぇってことは…あの女に似てるってことだろ?」

だから次男という微妙な位置にいながら、元就は元春を愛せたのかもしれない。

「一思いに殺らせてもらったぜ」

「───っっ!?貴様ああぁぁあっっ!!」

「…んで、隆景だっけ?あいつぁお前に似てたから、ちぃっとばかし躊躇ったがな」

しかし、匪賊に辱めを受けるくらいなら、潔く散らせろと喚いたので…

「まあ俺が欲しいのはお前だけだから」

その穏やかな笑みに、恐怖を覚えた元就は、らしくないことに全てから逃げることにした。

毛利も中国も、元親に対する元就の恐怖には勝てなかったらしい。

だが、己の舌を噛み切ろうと僅かに開いた口に、元親の指が捻じ込まれる。

「…ぐっ…ぅ…」

「おっと…漸く手に入れたんだ。そう簡単には死なせねぇ」

己の眼帯を解きそれで元就に猿轡をすると、元就の歯で傷付いた指を舐めた。

血のように赤い舌と、普段は眼帯の下に隠されている左目に、目を見開く元就の額に愛しげに口付ける。

「お前が死ねる時は、俺が死ぬ時だ」

嬉しさを隠せない様子の元親は、いつものようにとても優しい笑みを浮かべていた。





こんなに喜ばれるのなら、もっとはやくに受け入れればよかったのかもしれない。







息子達も家臣達も国も…



そして元親からの無償の愛も…



全てを失ったことに気付いてしまった。