捏造毛利家。
子供達の年齢はだいたい
隆元→12〜14・可愛→11〜13・元春→9〜11・隆景→7〜10 あたりをイメージ…
全部、親就前提。
ちかちゃんが毛利家に受け入れられていくまで…みたいな?
読んでみようと思う方はスクロールプリーズ。
山を下って、海を渡って、何里も馬で駆けて、また山を登る。
いつもの景色はそれなりに元親の目を楽しませた。
もっとも、その目的地に彼の求める人がいると、はっきり分かっているからこその余裕だが。
馬では登れないので、仕方なく歩いて辿り着いた山城の門に人影があった。
手紙を出してはいたが、返事は貰っていない。
それでもいつも元就は、手紙の差出日から元親の到着する日を予測して、こうして迎えの人間を出している。
その嬉しさそのままに、その人影に気安く声を掛けた。
「よお」
だが、そこに佇んでいたのは見慣れた男ではなく、まだ小さな子供だった。
「あ?今日はいつもの奴じゃねぇのか…」
いくら突然押しかけてきたといっても、それなりに名の知れた四国の大名である。
小姓に案内させるとは、元就の性格からしてあまり考えられないことだ。
「長曾我部殿ですね?」
まだ声変わりを迎えていないのか、少し高めの声でそう問い掛けてきた少年に
「そうだが?」
気のない返事を、不躾なほどに眺めたままでした。
年のころは12か13ほどで、既に元服は済ませてあるようだ。
そんな視線に嫌な顔一つしないまま、少年は深々と礼をする。
「ようこそおいで下さいました。私は元就が長男、隆元です」
どこか気弱な笑みを浮かべる少年は、それでも口調ははっきりとしていた。
「…隆元…って…お前が隆元か!?」
長男の話は元就からいくつか聞いていたので、その話と目の前の少年の像が寸分の違いも無く当てはまった。
今まで何度か訪れたが、すぐに元就の自室へと行っていたので息子達と会う機会はなかった。
小心者の元親が、子供達に会うことを嫌がっていたのを、元就も理解していたのだ。
元就だって元親と“それなりの関係”になっているなどと知られたくはない。
聡い子供達に元親を引き合わせれば、どんなボロが出るか分かったものではないと、極力会わせないようにしていた。
その努力の賜物か元親は子供達に会わずに済んでいた…のだが。
(まあ…会っちまったもんは仕方ねぇな…)
あっさりと結論を出した元親は、自分の鳩尾あたりまでしかない少年の頭をわしゃわしゃと撫で回し
「は〜…随分でっかいなぁ…」
あいつ一体、何歳なんだ?などと本気の疑問を呟く。
元就の子供だって言うくらいだから「子供扱いするな」と言われるか、手を振り払われるかは覚悟の上だった。
しかし隆元は、いきなりの行動に驚きはしたようだが、すぐに照れ臭そうに微笑んだ。
「あんま元就に似てねぇなぁ…」
何の気なく呟いた元親の言葉に、やや悲しげに目を伏せ
「…私は…父のように智慧が回りませぬゆえ…」
「あ、いや、そうじゃねぇって。なんつーか……素直だな…」
「素直…ですか…?」
「そうそう。元就は天邪鬼だからな」
冗談めかしてそう言った元親に、噴出しそうになるのを堪えた隆元が微かに頷いた。
(やっぱり素直だ)
そう思いながら、自然と浮かんでくる笑みを隠しもせずに、また元親は隆元の頭を撫でた。
「父の部屋まで案内しますね」
また微かに頬を染めた隆元は、そう言って歩き出す。
流石の元親も長男自らが案内することに、やや躊躇いを見せた。
「どうかされましたか?」
だが、隆元本人が気にしていないようなので、大人しく歩き始めた。
通ったことの無い廊下から見える庭の草花について話しながら歩いていると
「ところで長曾我部殿は…」
不意に訪れた話の方向転換に、元親は乗ることにした。
視線だけで促せば、意を決したように隆元は口を開く。
「父上のことを好いておられるのですか?」
「…もちろん。中国の覇者なら同盟相手にも不足無…」
「ああ、申し訳ありません。聞き方が悪うございました」
ちょっと困ったように笑った後、暫し思案して
「不躾ながら伺いたいのです…父上は衆道を嫌っておいででしたので…」
そう言われてみれば、最初は酷く抵抗され罵られたことを元親は思い出した。
「その…貴方様の方から同衾を申し出たのでしょうか…?」
問い掛けるような口調ではあったが、確信を持っているらしい隆元に敢えて何も言わない。
それは即ち、肯定である。
「どうして父が貴方様と褥を共にするのか我々には理解できません。ですが結果として父は貴方に肌を許した」
この子供はどこまで知っているのだろう、と元親の背に嫌な汗が流れた。
気が付けば、笑って済ませられない状況まで追い詰められている。
「長曾我部殿。貴方はどういうつもりで毛利家当主にそのようなことを?」
その疑問には答えず、元親は状況の把握に努めることにした。
「知っていたのか…」
知られていたという衝撃からか、立ち止まって呆然と見下ろす男に、悲しげな笑みを浮かべた隆元は頷いた。
罵られたりしないだけ、余計に気まずい思いをしている元親に、隆元は追い討ちをかける。
「弟達も…気付いています…」
「…マジかよ…」
この隆元の弟ということは、その年齢は一桁である可能性が高いだろう。
もういっそこのまま元就に会わないまま帰ろうか、とすら思った元親だが
「で?俺を討つか?」
どこか挑戦的に訊ねる。
目を見開いた隆元は、すぐに困ったような笑みを浮かべて、首を横に振った。
「貴方を失っては…父がまた壊れてしまう」
「…壊れる…?」
不穏な言葉に思い切り眉を顰めた元親に、ゆっくり歩きながら隆元は口を開いた。
そうすると話を聞く為に、元親も歩き出さねばならなかった。
それをちらと振り返って確認した隆元は、どこか安堵したような表情で話をした。
両親に早くに先立たれた父の、幼い頃の不遇。
城主であったにも関わらず、城を奪われ生活に困窮したこと。
一時は家臣にすら頭を垂れた屈辱の時代を送ったこと。
昔はとても穏やかで優しい人だったこと。
母が死んでから、父が塞ぎこんだこと。
戦の度に、冷酷さを見せ始めたこと。
今では、平気で兵卒に冷たい言葉を投げかけること。
何が原因だったかは分からない。
もしかしたら、それらのことの積み重ねだったのかもしれない。
「壊れてしまった」
それが子供達や家臣達の印象だった。
だが、壊れたものを壊れたままに出来るほど、毛利家の者達は諦めが良くなかった。
それに、壊れたものを捨ててしまえるほどに、毛利家の者達は薄情でもなかった。
壊れたのなら、きっと直せる。
きっと昔の元就に戻せる。
その一心で、豹変してしまった当主でも、ここまでついてきたのだ。
いつかの元就の笑顔を願って。
「…そういうことか…」
大抵の話は元就自身の口から一度は聞いていたことだったが、第三者から聞いて初めて繋がりが見えてきた。
「でも、まあ……っと…息子にこんなこと言うのもなんだが…」
「どうぞ。何でも仰って下さい」
口篭った元親に、柔らかな笑みの隆元は先を促す。
あまりにも優しい笑みに、逆に後ろめたさを感じつつ
「二人だけ…俺と元就だけの時は…まぁまぁ……穏やかだぞ?」
それには「元親が余計な言動をしなければ」という条件が付くが。
「そうですか」
どこか嬉しそうな笑みのまま
「やはり…貴方です」
この年頃の少年にしては、しっかりとした表情でそう告げた。
「俺?」
「はい。貴方が、父を直してくれる人です」
「いや…それは…」
「事実、貴方がここに訪れるようになってから、父が少しずつ昔のように優しくなりました」
「…買い被りだ」
「いえ。貴方です」
そうはっきり言われると、元親も「そうかもしれない」と思い始める。
それに隆元の目は、どこか縋りつくような光を帯びていて、元親はそれを無碍にできるような人間ではない。
「…貴方はどうして…父を…?」
最初の質問に戻ったことを悟った元親は、少し照れ臭そうに鼻の頭を掻きながら小声で答えた。
「あ〜何かほっとけなかったんだよなぁ…」
いつも神経を張り詰めて、張り詰めすぎると、時折緊張の糸が切れたように素直に感情を吐露する。
その感情のほとんどは怒りであったけれど。
今にして思えば、元就の脆さに気付いてしまったのかもしれない。
だがその無意識の行動こそが、隆元達の求める救いだったのだろう。
「…ああ…だから、私も弟達も家臣達も…貴方を好きになったのですね…」
期待の重さよりも、純粋に向けられる好意に、元親の感情が揺らいだ。
それは、ずっとひた隠しにしてきたものを、そっと撫でられるような感覚。
あまりの心地良さと擽ったさに、元親は冗談めかして問い掛ける。
「…そりゃ…公認…ってことか?」
「…はい。父を…お願い致します。長曾我部殿」
深々と頭を下げた子供に、複雑なものを感じ取りながら
「…分かった。任せとけ」
何の確証も無いまま元親はそう告げると、また隆元の頭を撫でてやった。
実は話をしたいが為に遠回りをしていたらしく、いつもより倍の時間をかけて見慣れた部屋へ辿り着いた。
「父上」
「入れ」
戸の滑る音に振り返った元就の目に、隆元と本来ならいるはずのない元親が映った。
「よお。久し…」
「どういうことだ?」
元親がいたことに驚いたようだが、それをすっぱりと無視して隆元へ鋭い一瞥をくれる。
普通の人間なら竦みそうな視線にも、平然とした表情で隆元は答えた。
「今日あたり長曾我部殿がお見えになると思い、門の所で待ち伏せしておりました」
「…何故だ?」
「四国の英傑を拝見したく」
「……そうか、それで?」
「人の上に立つに相応しい方だと思いました」
「………成る程…」
特にそれ以上の咎め立てはないらしく、元就は黙り込んだ。
それを空気で感じ取ったのだろう。
「それでは失礼致します」
そう言って元就に頭を下げた後、元親にもきっちり頭を下げて静かに部屋を出て行った。
小さな足音が消えてから、暫くして
「しっかりした息子じゃねぇか…」
「ああ、だがあれは…」
「『優しすぎる』だろ?」
何度も聞いてきた言葉だ、元親もいい加減覚えてしまった。
「そうだ」
「別にいいんじゃねぇ?」
視線だけで「どういうことだ?」と問い掛ける元就に
「下々の者に慕われる当主の方がいいってことだ」
どこか自嘲を含んだ物言いに、元就は「そうか」とだけ呟いた。
それは、元親だけでなく元就にとっても耳の痛い言葉。
気分を変えようとでもしたのか、やけに浮ついた声で元親は告げた。
「それよりよぉ…俺らのことバレてんだな…」
「は…?」
曖昧に“俺らのこと”と言われても元就に思い当たる節は無いが、その表情を勘違いした元親はそのまま話を続ける。
「あ、やっぱお前も気付いてなかったのか?隆元から聞いたんだけど、俺らの仲って公認らしいぜ?」
「な、何だと…!?」
「いやー良かった。一応、子供達に遠慮しちゃいたんだぜ?これで心置きなくヤりまく…」
「黙れ!!」
どこから取り出したのか、采配で容赦なく元親を打ち据える。
「いってぇ!!」
「貴様は事の重大さが分からんのか!?」
これがきっかけで、毛利家中か長曾我部家中で謀反が起こるかもしれない。
「分かるけどよ…いいんじゃねぇ?」
それに、あれだけ頼りにされては、元親の性格上その期待を決して裏切ることなど出来ない。
「俺がお前に惚れてるうちは、同盟は決して破られないんだし」
「貴様の心一つ…か?」
不愉快そうに鼻を鳴らした元就に、何か含みのある笑みを浮かべた元親は
「ま、そういうことになるな。もっとも…俺が死んだらどうなるか…分かんねぇけど?」
「成る程…ならば我が中国の為にも、貴様には生きていてもらわねばな…」
聞き取りにくい声で呟くと、先程打ち据えた元親の額を撫でる。
あまりにも優しい仕草に、元親は嬉しそうに微笑んだ。
隆元の言葉に安堵したときと同じように、感情に優しく触れられるような感覚がした。
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