捏造毛利家。
子供達の年齢はだいたい
隆元→12〜14・可愛→11〜13・元春→9〜11・隆景→7〜10 あたりをイメージ…
全部、親就前提。
ちかちゃんが毛利家に受け入れられていくまで…みたいな?
読んでみようと思う方はスクロールプリーズ。
慌しい足音と共に、家臣が転がり込んで来る。
あまりの無礼に叱責しようと口を開いた元就の口は、家臣の言葉に悲鳴を上げそうになった。
「……それは…まことか…」
震えそうな声を搾り出すと、先程よりは落ち着いたらしく居住まいを正した家臣は、もう一度同じ言葉を口にした。
元春が元親に斬りかかった、と。
血の気の引いた元就の表情は、一瞬でも元親が部屋に入るのを躊躇うほどだった。
「おい…顔色悪いぞ…?大丈夫か?」
そう言いながら部屋に入ってきた元親に、畏まった元就は深々と頭を下げた。
「申し訳ない」
まるで出会ったばかりの頃のような、慇懃な態度にぎょっとした元親は慌てて元就の頭を上げさせる。
すると自然と元就の視線が、白い布で巻かれた二の腕に釘付けになった。
「…これは……」
「あ〜…別に子供のすることだしよぉ…」
上手い言い訳が思いつくわけが無い元親は、また青ざめていく元就の言葉を制するように口を開き
「深手ってわけでもねぇし…」
そっと元就の頬を包み込み、二の腕から視線を離させ目線を合わせる。
「気にすんな」
宥めるように何度か元就の額に口付け、いつものように笑った。
所用が出来たらしい元親が、慌しく帰っていってから数日後。
元就は元春を自室に呼び寄せた。
父親の威圧感にも、真っ直ぐ背筋を伸ばし見つめてくる元春に、内心溜息が漏れる。
(この子が、もう少し柔軟な思考を持っていれば)
今回のようなことは起こらなかったかもしれない。
もとは己の自制心のなさとでも言うべきものだが、今更そこは追及するものでもないだろう。
そんなことを考えていたら、痺れを切らしたらしい元春の方から口を開いた。
「長曾我部殿のことですか?」
「そうだ…何故あのようなことをした?」
「親父殿をかどわかそうとしたからです」
その一言に、元就の眉間に深い皺が刻まれる。
「人聞きの悪い…誰に吹き込まれた?」
「自分がそう思っただけです」
「そうか…それで鬼退治をしようと?」
まだ眉間の皺が取れない元就に、何の迷いもなく元春は頷く。
「馬鹿者が…それがどういう結果を齎すか考えなかったのか…?」
「戦になったのなら、鬼国の雑兵など蹴散らして見せます」
頼もしい言葉だったが、次男の度の過ぎた勇猛さが元就には頭痛の種でもある。
「元春…残念だが、お前が思っているようなことにはなるまい」
「え?」
「あの鬼は怒っておらぬ」
「…己の業を認めたのでは?」
「そうではない。あれは我との関係を業とは思っておらぬ」
もちろん元就もそう思っていたが、これ以上は子供に言いたくない。
「ならば余程、愚鈍な方なのですね」
言葉に含まれる刺々しさに、彼がどれだけ怒っているか分かる。
だが元親に対する誤解だけでも解こうと、元就は言葉を重ねた。
「確かにあれは愚鈍かもしれぬ。だがな…元春…あの男は“赦す”ことを知っている」
「赦す…?」
元就はどちらかというと、失敗をした者には罰を与えるタイプだ。
だが、元親はその場合は赦してしまうらしい。
もちろんただの偽善ではなく、その容認が与える心理的なもの…罪悪感を煽っている節がある。
そういった回りくどいやり方は元就の好むものではなかったが、今回はそれに倣おうと思っていた。
「長曾我部殿が、何故赦したか分かるか?」
「…あの鬼が、親父殿に懸想しているからです」
「馬鹿者が!!」
その通りだとも思った。
いや、その通りであってほしいという願望もあった。
だが、それよりも大きな理由があることを元就は知っている。
「あれは無益な殺生を好まぬ」
この時代にあって、それは致命的な弱点ではあるのだが。
それに生憎、それを美とする教育も行ってきてはいない。
当然の如く向けられる元春の訝しげな視線に
「…まだ納得しておらぬようだな」
「当たり前です」
「では聞こう。元春…お前はあの男に手傷を負わせられるほどの腕前だったのか?」
「…え?」
「お前はまだ小さい。だが、あの男は曲がりなりにも将だぞ?」
小さいと言われた事に顔を顰めた元春だが、元親の武術に関する腕前を知らないわけでもない。
ただ、頭に血が上っていて、そのことを失念していただけだ。
「では…まさか…」
わざと斬られた…?
「…そうであろうよ」
そこで刀を避けて元春を取り押さえてしまったら、幼子の怒りのやり場がなくなってしまう。
かといって、本当に何もしなければ殺される恐れもある。
ならば、一応それなりの手傷を負って、怒りを解消してやろう。
あまり深手でなければ、己の家臣達に何とでも言い訳は出来る。
元春が飛び出してから斬り付けるまでの、僅かほんの数瞬でそこまで考えたのだろう。
散々、馬鹿だと愚かだと罵っている元就でさえ、時に元親の頭のキレに恐怖を覚える瞬間があるのだから。
それは元春も感じ取ったようで、いつもは子供らしい赤い頬が白くなっている。
「…して…次に鬼が来たら如何するつもりだ?」
「……は、腹を召し…」
「そのようなこと我がさせるとでも?」
そんなことを易々とさせるくらいなら、それこそ四国と戦をした方がマシだ。
叩きつけるような父親の声に、困惑顔の元春は懸命に打開策を考えているようだ。
そして、それしか思いつかなかったのか、おずおずと口を開いた。
「………謝ります」
「それが良かろう」
どこか満足気な父の表情を見た元春の脳裏に、何故か鬼の笑顔がよぎった。
かなりの頻度で訪れる元親は、半月もせずに訪れた。
腹を括った元春は門の所で待ち構え、元親がその存在に気付いたと同時に深々と頭を下げる。
「…ご無礼を致しましたこと…幾重にもお詫び申し上げます」
「何のことだ?」
本気で忘れてしまったかのような元親の様子に、勢い込んで口を開こうとした元春だが
「お前は俺と手合わせをしていた。何の問題がある?」
思いもかけない言葉に目を見開いた。
あの時、元春が刀を突きつけた元親は、確かに帯刀はしていたがそれを抜く気配はなかった。
困惑の表情を隠さないままの元春が見上げると、無遠慮に元親は小さな頭に手を置く。
「だがまぁ…お前がもうちっと大きくなったら、本気で手合わせしようぜ」
お前は筋が良さそうだ。
何の翳りも無い、やはり思い描いていた通りの眩しいとさえ思えるほどの笑みにつらたのか、元春は微かに笑って頷いた。
二人が手を繋いで元就の部屋へ向かう途中、既に傷跡すら残っていない二の腕に触れた元春が微かに呟く。
「…怪我させて、ごめんなさい」
「ああ、もう気にすんな」
全てを許すように元親は柔らかく微笑む。
それを見上げて
(ああ、敵わない)
どこか漠然とそう思った。
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