いつだったのかは覚えていない。

まだお互い若い時だったから、それぞれの夢を追いかけていた時だろう。

季節は、いつだったのだろう。

桜が舞い散る時期だった気がするのは、寂しさが見せた幻影かもしれない。

そんな美しい景色でもなかった気がするし、あの男も美しいという形容が似合うほど淑やかではなかった。

ただ、凛とした魂を持つ男、だった。





それでも、その時振り向いて見せた顔は、覚えている。

まさに武士になる為に生まれてきたかのように、精悍な顔立ち。

戦場では鬼の形相にもなるその顔は、今は彼の本来の表情を浮かべていた。

それはとても好もしいもので。



不意に気付いた。

気付かされた。

いつも女のように抱いていたからといって、忘れていたわけではない。

だが、そうだった。

これは、男だった。



凝視する政宗に気付いたのか、苦笑した幸村は振り返りながら政宗の座る濡れ縁に近付き

「政宗殿?どうかされたか?」

「…いや…何でもねぇ…」

有り体に言えば、見惚れていた。

それを誤魔化すように政宗が溜息をつけば、幸村は困ったように笑いながら座る。

政宗の手のが届くほどの距離に。







暫く他愛の無い会話と心地良い沈黙を繰り返していると、ふと幸村の鎖骨付近に赤茶色の細長い痕があることに気付いた。

「あれ?お前…こんなところに傷跡があったのか…?」

何の他意も無くその傷跡に指を伸ばせば、幸村も己の襟を少し引っ張りながら確認している。

幸村からは見えないであろう位置だったが、彼はその傷に覚えがあるらしく、少しだけバツの悪そうな表情を浮かべた。

「これは…幼い時に…」

「あ、悪ぃ…その話…聞いたことあるよな」

何となく聞いてしまったが、政宗は幸村の体に残る傷跡のほとんどの位置と経緯を知っている。

相手の全てを知り尽くしたいという独占欲の表われでもあるのだが、本人にはそのような自覚は無い。

ましてや幸村の方も、政宗の記憶力を絶賛するだけで、その異常さには気付いていないようだ。

「確か…十年近く前に…佐助と稽古していて…ってやつだろ?」

「その通りでござる!!」

覚えていてもらえたのが嬉しいのか、単に政宗の記憶力を褒めたいのかは分からないが、幸村はにっこりと笑っている。

「当然だろ?」

その笑みに得意げに芝居がかった仕草で胸を反らした政宗の、滅多に見せない子供っぽさも幸村の気に入るところでもあった。

二人して一頻り笑いあった後、幸村もどこか得意げに口を開いた。

「某も…政宗殿のことを覚えております」

「全部か?」

「無論!!」

自信満々に頷く様子に、政宗も笑みを浮かべる。



そんなこと、無理だと解っていても。



「だから、会えない日々が続いても…」

再び聞こえた声に顔を上げれば、目を閉ざした幸村が微笑んで

「こうして目を閉じるだけで、政宗殿に会えるでござる」

「…今はここにいるだろうが。目ぇ閉じんな」

「承知いたした」

そう言って目を開いた幸村は、やはり笑顔で

(眩しい…)



そう思ったことも、覚えている。







ふと、そんなことを思い出していると、急に会いたくなった。



「…やっぱ笑ってやがる…」



目を閉じれば、いつでも、会える。







出来ることなら、一緒に生きたかった。

それが叶わないなら、せめて一緒に死にたかった。



だが今は、背負うものの為に生きていく。







いつか、君の槍が、この胸を貫く日を、夢見て。