口には出さないが、瀬戸内海よりも島影のない海洋の方が元就は気に入っているようだ。

元親も幼少の頃から親しんできた海を気に入ってもらえたことを感じ取って、どこか得意げであった。



「なあ…海に行ってみねぇ?」

「どっちの?」

「広い方」

「…行く」



流石に戦の時に使う船は使えないので、小型の船で海へ繰り出す。

元親の手下数人が慌しく船を歩いている中、指示を出しに行った元親が帰ってくるまで、元就はゆったりと船の上を歩いていた。

ふと覗き込んだ青黒色で透明度が高い海は、引き込まれそうな魅力がある。

そんなことを思っていた元就は、ふいにそのまま前傾姿勢を保ったまま更に体重を前へとかけていった。



それなりの質量を持ったものが落ちた音に、元親は慌てて人だかりへ向かう。

「どうした!?」

「毛利殿が…!!…っ…う、浮かんで来ません!!」

「何だと!?おい!!お前ら船をここから動かすなよ!!」

それだけ告げると、躊躇う素振りもなく元親は海へと飛び込んだ。





水の抵抗を感じながら、辺りを見回すと思ったより深いところに元就がいた。

(気絶してんのか…!?)

まるで安心した子供のような表情で、海の懐深く落ちていく。

その元就の表情から、彼にまだ意識があることを知った元親は、叫び出したい衝動に駆られた。

(何で…何でなんだよ…っっ!?)

水中に差し込む光で、一層白く見える手を掴むと、ゆっくりと元就の目が開かれた。

そして浮かべた表情は─────





「っ…はぁ、っ…!!元就!!てめぇ…何で浮かぼうとしねぇんだよ!?」

水を飲んではいなかったらしく、二,三回咳をした元就はうっすらと目を開け呟いた。

「…ぐっ…ぁ…足掻いたところで…溺れる時、は…溺れるであろう?」

「ちったぁ足掻けよ!!」

怒りを露にする元親を、不愉快そうに眺めると

「…命令する気か?」

「違ぇよ……お願いだって」

打って変わって力なく呟く元親は、水に浮かんだまま元就の体をきつく抱き締めた。



あの時、元親が手を掴んだ時に、元就が見せた表情。

それは元親の行動が理解不能だという表情。

海中で舞う銀の髪の美しさを羨む表情。

余計なことをするなと言いたげな表情。



元親に抗わないであろう自分に対して、絶望を色濃く滲ませた表情。



濡れて張り付く元就の髪を撫で付けてやりながら、元親はじっとその目を見つめる。

「俺を、呼んでくれよ」

「……呼んだところで意味は無い」

「ある」

「ない」

「ある」

「…ない」

「ある」

「……そもそもお前を呼んだら、本当に助けに来るのか」

「ああ…任せろよ。だから…」



何度でも…呼べばいい…



睦言のように低い声に、元就はまたあの表情を浮かべた。



縋ってしまいそうな自分に対して、絶望を色濃く滲ませた表情、を。





いつか、その言葉が簡単に反古になってしまうことを、知っている表情、を。