通りすがりの海賊から元親が奪ったという宝の山を挟んで、中四国の主は座っていた。

ひたすら強奪品の鑑定をしている男に「共食いだな」と元就が嫌味で言えば「まあな」などと元親の憎たらしい笑みが返る。

これ以上、話すのは無意味と思ったのか、元就はいつも以上に無口だ。

「ん?こりゃ…値の張りそうなものだな…」

そう言いながら手にした棗を様々な角度で眺めた後、言ったこととは逆にぞんざいに畳の上に転がす。

そしてすぐ次の品物を物色しはじめた元親は、不意に手を止めると

「まあまあ…か…」

呟いて手にした茶碗を、やはりぞんざいに畳の上へ。

よく見ないと分からないが、先ほどに比べれば更に雑に扱っている気がする。

「お?こいつぁなかなかの…」

じっとそんな元親の様子を観察している元就に漸く気付いたらしく、手にした櫛と元就を交互に見つめ

「いるか?」

何を勘違いしたのか、元就にその櫛を差し出す。

「いらぬ」

呆れた元就がきっぱりと答えると

「そっか、じゃあ…」

いとも容易く元親の掌に包まれた華奢な櫛は、小さな音を立ててガラクタとなった。

そうなれば元親は見向きもしないことを、元就は知っている。

(哀れな…)

櫛の末路がというより、そんな元親が…かもしれない。

「…良い品なのだろう?」

「何がだ?」

すっかり櫛のことなど忘れてしまったかのような様子に、眉間に皺を寄せた元就は元親の掌を指差す。

「…昔は…好きだったのだろう?」

そういった綺麗なものを。

「は?…ああ…昔は、な…」

当時の面影を見せるのは、そのガラクタをきちんと懐紙に包んで散らばらないようにしていることくらいだ。

「でもまぁ…綺麗なもんほど壊れやすいだろ?」

否定は出来なかった元就は静かに目を伏せたが、すぐに元親を見据える。

「誰かに壊されるくれぇなら…俺が先に壊す、って感じだな」

そう言って笑ったのはいつもの元親なのに、元就には鬼より恐ろしいものに思えた。



綺麗なもの、儚いもの、小さなもの…

それらに向けていた愛情を、全て否定された子供は、鬼になるしかなかったのだろう。

それ、を壊すことで。



「あわれ…な…」

「はぁ?…男にツッこまれてるお前ほどじゃねぇだろ?」

「っ…ぁ…」

揺さぶられて何も考えられなくなった元就は、わけもわからずただ涙を流した。





いつも意識を失うように眠りにつく元就が、珍しく自分の意思で眠りに落ちようとしていると

「お前…意外と頑丈だよな…」

そんな呟きと共に、白く節くれだった指で撫でられる、がさついた感触が落ちてきた。

「…壊す気だったのか?」

「違うって…ただ…」

嫌いではないその感触だったが、元親の言葉に不穏なものを感じ取った元就は頭を動かして指から逃れる。

「ただ、お前は綺麗なのに…頑丈だな…と思ってよ」

「我は、醜い」

「いや…見た目も綺麗だし、俺ぁお前ぇのその心を綺麗だと思う」

「だから我は…」

「その答えに至るまでの考え方とか…そういう思考回路が綺麗だ」

「理路整然としている…とでも?」

「いや?意外と感情的で短絡的で…そういうところが綺麗だ」

よもや寝ぼけているのでは、と思わせるほどの元親の口ぶりに、元就の眉間に皺が寄る。

「何が言いたい?」

「俺のものになる気はねぇか?」

怖いほどに真剣な元親に、元就の脳裏に先ほどの櫛の末路がよぎった。

「…貴様の方が短絡的では…」

「そうだ。でも俺は綺麗なもんが欲しいんだ」

「…どうせすぐに捨てるくせに、か?」

懐紙に包まれた櫛の残骸は、その後やはり乱雑に捨てられた。

人間と櫛を同列に扱うなど愚かなことでしかないが、それほどまでに元就は元親に恐怖を抱いている。

既に蹂躙されることに慣れてしまった体のことではなく、元親という人間に裏切られるという恐怖。

「捨てねぇよ…裏切られたら捨てるかもしんねぇけどな」

己の保身の為に。

「では我が裏切れば…殺すつもりなのだな」

相手が同じような恐怖を抱いていると思った元就は、試すつもりで物騒なことを問い掛ける。

「かもな。でも、きっとできねぇ…俺にはお前を殺せねぇよ」

ますます元親のことが分からなくなり、元就は布団に突っ伏すようにして頭を抱えた。

それでもこの男のことを知りたいと思うのは、何故なのだろう?

「大事にするって約束してもいい」

背を曲げて横から覗き込むようにして元就に言い募る様子は、親に構って欲しい子供のようでもある。

あるいは飼い主の気を引こうとしている大型犬の子犬。

「お前には…無理だ」

「ああ。かもしんねぇ…でもお前だけは別だ…絶対ぇに壊したくないんだ…」

既にその視線に怯んだ元就に気付いた様子もなく、殺気すらこもった隻眼で見つめ続ける。

耐えきれず視線を逸らした元就の目に、元就に触れていいかわからず彷徨っている大きな掌が映った。

それに気付いた途端、口元を笑みが彩る。

(ああ、なんと不器用なのだろう…)

元親が何を危惧しているのかは、もつれた糸のように複雑になっているだけで、本当の恐れは一つしかないのだろう。

愛情をかけること、愛情をかけられること、それも本当は恐ろしい。

だが一番恐れているのは、愛情をかけたものを失うこと。

もっと極端に言えば、失うこと、ただそれだけだ。

だから綺麗だが壊れないものを欲しているのだろう。

少なくとも元就はそう思ったから、元親から逃げようとしなかった。

「ふ…我が綺麗…か…」

「ああ。俺は人間の中でお前が一番綺麗だと思ってんだ」

何が彼の「綺麗」の基準なのかは分からないが、とりあえず馬鹿にされている類のものではないので、元就は素直に聞いてやる。

そして、挑むように元親を見据えると

「貴様如きに…我が壊せるとでも?」

「あぁ…確かにな」

得心がいったのか苦笑する鬼の彷徨う掌を、躊躇うことなく男は捕らえた。



壊されない自信もあったし、壊される覚悟も、あったから。