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太陽さえ飲み込む赤い海を眺めながら、元親は何の気なしに呟いていた。

「ここに…多くの人間を流したんだよなぁ…」

「…ああ」

返事を求めてはいなかったのだが、珍しく元就は元親の呟きに答えを返す。

南蛮の人間は「人は神が創った」と言っていたが、元親はもっと本能に近い部分で人は海から生まれたのではないかと思っていた。

それを元就に話したことがあったが、彼はそれを海好きの戯言だと思った様子も無く、ただ黙って聞いていた。

そして、元親の話に何を感じ取ったのか「一理ある」とまで言っていた。

彼が頷いてくれれば、それだけで正しいことのような気がしたことも思い出す。



波が足を洗わないギリギリの場所を歩いていたが、急にあの冷たい感触が恋しくなった元親は少しだけ波に近寄っていった。

「長曾我部」

そのまま海に向かって行きそうな気配に、元就にしては珍しく上ずった声で呼びかける。

止まらないかもしれないと思っていた元就だが、意外にも元親は波打ち際で立ち止まった。

そしてゆっくりと振り返ると

「来いよ」

空恐ろしいほどの笑みを浮かべて、元就に手を差し伸べる。

「…行かぬ」

本能的に逃げ出そうとする足を必死に止めて、はっきりとそれだけを答えた。

「何で?」

それを不機嫌に思った様子も無く、本当に不思議そうに子供のように訊ねてくるものだから、元就は泣きそうになる。

「…そなたが、来い」

元親を真似て手を差し伸べた元就だが、その手の震えは止められなかったし気にかける余裕も無かった。

暫くお互いが手を差し伸べるという奇妙な状況が続いたが、元親が手を下ろす方が早かった。

そして苦笑を浮かべると波打ち際から一歩、沖の方へ歩を進める。

「長曾我部…」

呼び止める元就の足も踏み出そうとするが、どうしても踏み出せず少しつんのめった様な格好になる。

それをどこか冷めた目で見つめながら元親は笑った。

「お前は我侭だな、元就」

「なんだと?」

「自分からは欲しないくせに、いざ無くなるとなると…そんな顔見せてよぉ…」

少しだけ泣きそうな元親の顔に、自分がどういう表情をしていたか元就は分かってしまった。

「…俺が欲しいか?元就」

挑発するような笑みを向ける元親を直視できず、元就は俯いてその視線から逃れる。

しかし、すぐに思い直したように顔を上げると

「欲しい」

そう凛とした声で告げる様子に、いつもの優しい笑みを浮かべた元親はもう一度手を差し伸べる。

「来いよ」

その手を元就がぎこちなく取れば、自然と足が波に洗われた。

「冷たい…」

「時期が時期だしな…」

そのまま導かれて浸された海の冷たさに、思い切り眉を顰める元就に苦笑を向け

「でも、安心するだろ?」

いつか海に還ろうとする男を見て、元就は叫びだしたい感情に襲われる。

やはり、この手は取るべきではなかった。

そう思っても、もう、手遅れだったのだ。

「…お前も…還ってくれるよな?」

思わず逃げようとした元就の足が、大きく波を乱した。

しかし、それだけで、元親の表情も元就の体も動かない。

「お前は我侭だ…」

何がおかしいのか、くすくすと静かに笑い始めた元親を見て、元就はそっと目を閉じる。

「…ああ」

その手を振り払うのは、果たしてどちらなのだろう。



日輪の沈みきった暗がりが、余計に怖くて、元就は繋がれた手を強く握りなおすことしか出来なかった。