災難
   〜全ての原因は奴にある!!〜  その1





子津忠之介(15)

ただいまこの人生で一番と思われる程、泣きたい気分です。




さっきから部室内の空気が張り詰めてるっす。

あの猿野君でさえも、黙々と着替えています。

さすがにこの空気の中では、猿野君のギャグ(?)は事態を更に悪化させるだけっすからね…

周りのみんなは、この嫌な空気を作り出している人達を怯えながら窺っているっす。

この嫌な空気を作り出しているのは、意外にもバッテリーAのお二人。

ピッチャー犬飼君とキャッチャー辰羅川君っす。

「とりあえず……そのモミアゲどうにかしろ」

最初に聞こえてきたのは、犬飼君のそんな声だったっす。

辰羅川君に何てことを!?

…いえ…その時は、辰羅川君に言っていたかは分からなかったんすけど…

そんなことを言われることが出来るのは、辰羅川君だけかな…と。

何だか日本語がおかしくなったっすね…

「今はそういう話をしている時ではありません。状況をよく読み取って下さい」

じろじろ見てはいけないような雰囲気だったんすけど…

どうしても気になったので、ばれないように様子を窺うことにしたんす。

「…どういう状況だよ」

犬飼君は面倒くさそうにロッカーにもたれかかってたっす。

そんな何気ない仕草でさえも様になるのが羨ましいっす。

「私が言いたいのは…普段は必要以上にクールなくせに、試合となるといきなり熱くなるのはやめていただきたい…ということです」

辰羅川君は相変わらずピシッと背筋を伸ばして立っていたっす。

でも、その口調はいつもより棘を感じるんすけど…

「少しは周りのことを考えるべきだと思いますがね?」

いつもは諭すように言うはずの辰羅川君が、馬鹿にしたように犬飼君に注意してます。

「うるさい。なら、お前は変な英単語使うな…時々意味がわかんねぇし…」

犬飼君もいつも以上に不機嫌そうに答えてます。

「それは貴方の勉強不足ですよ。それより、一人旅とか言っていきなりいなくなる癖は直りましたか?」

鼻で笑うように言った辰羅川君の言葉に

「そんな変な癖はねぇ…お前こそ人が推理小説読んでる時に、横でトリックの推理するな。しかもあたってるし…」

眉間の皺を更に深くして犬飼君も言い放ちます。

犬飼君でも推理小説読むんすねぇ…(←失礼)

「好きな子をいじめる癖は…まだ直っていないみたいですね」

辰羅川君は途中で言葉を区切って、部室内の誰かに目線を向けたんすけど…

部室の中にいるんすかね…でも、ここには男しかいないし…

この言葉と辰羅川君の視線の先に、犬飼君がうろたえたのが明らかに分かったっす。

犬飼君の好きな子って…誰っすかね?

しかし、犬飼君がうろたえても、辰羅川君は喋るのをやめません。

「あとできれば一人オセロもやめていただきたい。見ているこっちが切なくなるので…」

確かに…妙な切なさを感じるっす。

「そんなの関係ないだろ。…そういえば校内競馬の時、背負っていたのは俺なのに何でお前まで疲れてたんだ?」

ぼ、僕も何故か汗だくで…

あ。でもあれは猿野君があんな無茶したせいだから…冷や汗っすね。

「ノリです」

ノリっすか!?

辰羅川君って意外とノリがいいんすね。

「こちらとしては、合宿前に猿野君が妄想していた時、何故『すだこ』とおっしゃっていたのかが知りたいところです」

…聞いてたんすね…

「そんな昔のこと覚えてねぇ。それより、入部試験の時に『うちの犬飼君』って言ってたが…俺はおまえん家の人間じゃねぇ…」

ああ…『うちの犬飼君』って辰羅川君は言ってた気がするっす。

あの時は、犬飼君の投球に誇らしさを感じていたように思えたっす…

「さて?そんな昔のことは覚えていませんが?」

辰羅川君がさらりと答えると、犬飼君の額に青筋が浮かんだ気が…

怖いっす!怖いっす!!怖いっす!!!

あんな風に睨まれたら、心臓止まっちゃいますよっ!!

「それよりも…食パンにコーヒー牛乳という非常に栄養バランスの悪い食事は控えていただきたい」

ええっ!?

もう、どうしてこう次から次に…

あれ…?

まぁ…コーヒー牛乳はともかく、食パンって…何も付けないんすかねぇ…?

「いつも食ってるわけじゃねぇよ。とりあえず」

そうですよ。

いつもそんな食事をしていたら、部活で倒れてしまうっすよ…

「いいえ。私が見た限りでは、いつもその食事をしているでしょう?」

辰羅川君が見てるって事は…やっぱり、いつもってことっすかね?

二人は仲がいいっすから、いつも一緒にご飯を食べていそうですし…

「待て。一緒に飯を食っていないのに…まさか……見ているのか?」

あれ?

一緒に昼ごはんを食べていないんすか?

だったら…何で?

「もちろんです。犬飼君になにかあったら困りますからね」

辰羅川君が、慣れた仕草で眼鏡のずれを直したっす。

…眼鏡が(不自然に)光った気がするっす…

「……………ストーカー?」

い、犬飼君!?

どうしてそういう発想にいきつくんすか!?

「……………………………………………………違います」

ちょっと!辰羅川君!今、妙な間があったっすよ!?

「…そうか。とりあえず放って置いてくれ」

え!?もう納得したんすか!?

納得していいんすか!?

「だめです。それにしても…何故その栄養状態でそれほど背が伸びたのか聞きたいですよ」

た、確かに…犬飼君の身長は羨ましいっす…

「昔から俺の方が高かったんだし…気にすることないだろ…」

そういう問題じゃないと思うんすけど…

「私はきちんとした食事を心がけておりますが…どうして身長が伸びないのでしょうねぇ…」

犬飼君程じゃないにしても、それなりに高いと思うっす。

それに、まだまだこれから伸びるっすよ。

「遺伝じゃねぇ?」

…ごもっとも。

「それに、女の子にキャーキャー騒がれるのは大変結構なことなのですが、いいかげん彼女達をどうにかしていただきたい」

ちょっと羨ましいですよ。

最後に呟くようにして言われた言葉に、本音がふんだんに詰まっている気がしたんすけど…

…やっぱり辰羅川君も女の子に追いかけられたいんすね。

ちょっと複雑っす。

「知らねぇ…あいつらが勝手に騒いでいるだけだ」

一度でいいっすから、そういうことを言ってみたいっす。

「それに、辰だって別にかっこ悪いわけじゃねぇ…モミアゲ以外」

よっぽどモミアゲが嫌なんっすね…

僕はそれほど嫌じゃないんすけど…

「髪が乱れたらわりかし普通の髪型になるくせに」

なんだかモミアゲの話になって来てる気が…

「しかも髪が濡れると、モミアゲも垂直になるだろ」

反論しないということは、きっと犬飼君の言っていることは本当なんっすね…

そういわれてみれば…合宿のお風呂の時、垂直モミアゲを見た気がするっす。

「…合宿の時、野宿のはずなのにちゃっかり泊まってただろ…」

合宿に思いを馳せていたら、どうやら話が進んでいたようっす。

「それはあなたもでしょう?」

ああ…そういえば野宿のところに辰羅川君はいなかったっすね。

「俺は…足を…」

言いにくそうな犬飼君の言葉を遮るように、低い声で辰羅川君が呟いたっす。

「そうでしたね。よりにもよって軸足をくじかれましたね?」

確かに軸足を怪我するのは、かなり怖いっす。

これからの練習の中で、故障に繋がらなければいいんすけど…

それが分かっているのか、犬飼君は黙り込んでしまったっす。

辰羅川君も言うことが尽きたのか、口を閉ざしていたっす。

しばらくすると、その重たい沈黙は終わりを告げたっす…

「無理をしても…あの人に届くわけではないんですよ?」

「───っ!!うるせぇっ!!」

辰羅川君の呟いた言葉に、犬飼君は過剰ともいえる反応を示したんす。

珍しい大声に、部室にいたみんなはびっくりしたっす。

そして、もう着替え終わっていた犬飼君はそのまま部室を出て行ってしまい…





先程の言葉を後悔しているのか、辰羅川君は俯いたままでした。

「辰羅川君?」

僕が声をかけると、弾かれた様に顔を上げ苦笑を浮かべていたっす。

「なんですか…?」

「何があったんすか?」

訊ねると、辰羅川君は荷物を手に取り

「一緒に帰りませんか?」

といつものように誘ってくれたんす。

僕が頷くと安心したように、辰羅川君の肩から力が抜けたのがやけに印象に残ったっす。






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