いつの間にか、習慣になっていた。
というより、自分の上司にあたるあの男が、そう仕向けたような気がしないでもない。
イーストシティを出る時は、必ずここへ来る。
そして、どこへ行くか報告をして、別れを告げる。
だから…ここへ来る。
「あら?エドワード君?」
廊下を歩いていると、声をかけられた。
振り返ると、綺麗な女の人が立っていた。
それが、大佐の側にいた人だと気付くと、自然と笑顔がこぼれた。
「こんにちは。中尉」
「こんにちは。エドワード君」
「あのさ…大佐…いる?」
「ええ。いるわよ…私も今から行くところ」
書類の入っているであろう封筒を軽く掲げて、微笑む。
ウィンリィの様に明るい笑顔ではなく、静かな微笑だと思った。
「行きましょう?」
さり気なく背中を押されて、歩き出す。
思わず見惚れていたといったら、迷惑だろうか?
「アルフォンス君は?」
そんな心の葛藤を見透かされたのか、話題を振ってくれた。
「アルは、図書館にいます」
目立つ鎧姿で、身を縮こまらせながら本を読んでいる弟が思い浮かんだ。
また何か嫌なことを言われていないか?
もしかしたら、図書館から追い出されているのでは?
以前あった出来事が思い浮かび、自然と眉間に皺が寄っていたのだろう。
「そんな顔しないの」
苦笑交じりに声をかけられて、中尉を見上げると
「アルフォンス君のことが…心配?」
不意に訊ねられ、答えに窮する。
どこまで話していいのだろう。
「そりゃ…たった一人の弟だし…」
「大丈夫よ。彼は強いわ」
凛とした声に、取り繕おうとした自分の言葉が、とても薄っぺらいものに感じられた。
「強い?」
「ええ。何か事情があって鎧の姿なのだろうけど…」
彼女はアルの中身が空だと知らないようだ。
「そのことで彼は、自分自身を卑下したりしていないわ」
一瞬、頭の中が真っ白になった。
「むしろ、今の自分の姿で出来ることを、自分なりに考えているんじゃないかしら?」
アルは…アルなりに…?
『僕…この体でよかったよ…慣れれば動きやすいしね』
『兄さんが魂の錬成をしてくれたから、こうして一緒にいられるんだ…』
『もう一体鎧があったけど…あれってさ…怪しすぎだったよね』
『こんな体になっちゃったけど、兄さんもばっちゃんもウィンリィも今までと同じように接してくれるから…』
俺の傷だけを包み込んでくれる弟に、俺は何が出来る?
等価交換の原則に則って、俺は何を返せているんだ?
「なんてね…本当はこの人の受け売りなの」
中尉は微苦笑を浮かべると、目の前の扉を見る。
この部屋は…
「大佐の…部屋?」
俺の声に答えず、中尉は目の前の扉をノックした。
「入りたまえ」
扉越しなのに、やけにはっきりとした声が聞こえた。
「失礼します」
背筋をすっと伸ばした中尉は、そう言ってノブに手を掛け
「お先にどうぞ」
と扉を開けてくれた。
それに礼を告げてから、扉をくぐる。
「あ〜…失礼します…」
一応、声をかけて入室する。
「鋼の?」
来ていると連絡していなかったので、驚いているのだろう。
「よく来たね」
だが、先程の驚きの表情など幻だったかのように、いつもの食えない笑顔に変わっている。
「大佐…これを…」
中尉はそう言って先程の封筒を大佐に渡して、その側に控える。
大佐は渡された封筒を嫌そうに見て、それを開封しながら問い掛けてきた。
「今度はどこに行くんだい?」
「一度…中央の図書館をきちんと見たいと思ってる」
今更なことだが、敬語を使うべきか少し迷う。
結局、使わないのだが。
「そうか…中央の蔵書量は半端ではないからな…何か手がかりくらい見つかるだろう」
その言葉に頷くと、大佐は薄く笑って手元の書類に目を落とす。
会話が終わったことに気付き、何も言わずに背を向けると、中尉の声が追いかけてきた。
「いってらっしゃい」
自分でも何故か分からないけど、思わず振り返ってしまった。
「気をつけてな」
今まで書類に目を通していた大佐も、書類を持ったままだが目線はこちらを向いている。
その視線に促されるように、言葉が零れ落ちた。
「………いってきます」
この言葉は適切ではないような気がした。
アルとの待ち合わせ場所へ向かって、廊下を歩いていると
「また旅に出るのか?」
「弟はどこだ?」
「今度はいつ帰るんだ?」
「身長伸びたか?」
気さくな司令部の面々に声をかけられる。
それらの問い掛けに答えると、必ずと言っていいほど返される言葉。
「いってらっしゃい」
「気をつけろよ」
それに返す言葉は、今も昔も…
一つしか、知らない。
「いってきます」
どこか痛みを感じた。
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