手帳で仕事の予定を確認していると、ふと気付いたことがある。
せわしなく書類を捲っていた手が、自然と止まった。
大したことではないが、思わず口に出していた。
「一年か…」
「何が…ですか?」
丁度、決済済みの書類を取りに来ていた中尉に、聞き返された。
「ああ…鋼のが国家錬金術師の資格をとってから、今日が一年目なのだよ」
特に深い意味を持って告げたわけではない。
「そうでしたか」
それに返されたのは、やはり深い意味のない返事。
「でも、意外でしたね」
優秀な部下はそう言ったきり黙る。
はっきりとした物言いの彼女が、それだけで話を終わらせるとは思えず暫く黙って様子を窺う。
しかし、それ以上なにも言わないので、不思議に思って先を促すことにした。
「何が…意外なんだい?」
すると彼女は驚いたような表情を見せ、すぐにもとの表情に戻る。
さすが軍人。
「いえ…大佐がそういった記念日みたいなことを覚えていらっしゃるのが…」
「そうかね?」
女性はちょっとした記念日に何かを送ると喜ぶから、結構まめに覚えているつもりなのだが。
自覚がないのでどうしようもない。
見かねたのか中尉が、少し考える仕草をした後
「では…ご自分の誕生日は?」
唐突に聞かれて、記憶をたどる。
あまり祝ってもらった記憶もないので、思い出すのになかなか苦労する。
「えっと…何だ。もう過ぎているじゃないか」
「忘れていたということですね?では私の誕生日は?」
中尉の誕生日?
これは覚えているとか以前に…知らない。
「いや…まず聞いたことがないような…」
「当然です。大佐に言ったことはありませんから。ではハボック少尉の誕生日は?」
「興味ない」
本気で。
「…でしょうね。では…エドワード君の誕生日は?」
「そんなこと知るわけ…」
そこまで言って愕然とした。
知っている。
というか…むしろ…
覚えている。
…覚えている?
覚えている!?
覚えているだとっ!?
書類不備とは気付かず、一度だけ目を通した書類。
そこに書かれていたのは、31歳の、しかも男の情報。
その男の錬金術以外は全く興味なかったので、誕生日など見ていないかもしれない。
ではいつ、覚えるほど書類を見た?
必死に記憶の糸をたどる。
…と。
少年が訪れる日を、今か今かと待ち望んでいた自分。
訂正された書類を、見つめ続けていた自分。
がいた。
…間違いない。
無意識のうちに眺めていたこともしばしばだ。
何度も見返した書類の内容は、自分の頭の中にきっちり残っている。
それこそ女性に対するまめさ以上で。
「…覚えていらっしゃるようですね」
中尉の声に、我に返る。
「あ…ああ…書類に書いてあったからな」
理解不能な自分の行動に、声もやや上ずった。
しかし、何も言わず中尉はドアに向かっていく。
何かしらの反応をしてくれてもいいだろうに…
というかしてくれ。
思いが通じたのか中尉は、ドアに手をかけて立ち止まる。
そして急に振り返って
「普段はそれほどまで熱心に書類をご覧になっていないようですが?」
その声とドアの閉まる音の余韻が、一人になった執務室に妙に残った。
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