気が付けば、何度も逢瀬を重ねていた。
“いつもの場所”と言い切れるほどに、頻繁に訪れる人気のない二人だけの場所。
それに疑問を感じていたが、二人とも何も言い出さなかった。
「触れても…いいか…?」
「…滅」
「手だけでよいから…!」
「…殺」
「それ以上はしない!我が槍にかけて誓う!!」
あまりのしつこさに、半蔵は溜息をつく。
正直なところ、幸村に触れられることを半蔵は嫌っている。
それを知ってか知らずか「好意を寄せている」と何度も告げる幸村の行動は、口で言うほどしつこくはなく、むしろ控えめだった。
この年頃の男は(個人差はあるだろうが)何故か自信過剰に迫ってくるものだ。
そんな認識を持っていた半蔵は、今までの幸村の態度を振り返り、やや疑問を感じていたのだが。
漸くといった接触に「まぁいいか」なんて軽い気持ちが生まれ、渋々といった体ではあるが頷くことにした。
「勝手にしろ」
「そうさせてもらおう」
うきうきと半蔵の側ににじり寄ってきた幸村だが、いざその手に触れるとなると、どこか躊躇いを見せた。
どうしたのだろうと、幸村を見ていると、その視線に気付いたようで
「いや。触れられるのが…信じられなくて…」
そう言って少し、照れくさそうに笑った後
「以前…夢で…触れたら…消えてしまったから…」
その時の感情そのままに、儚い微笑を浮かべた幸村に、不覚にも目を奪われた。
「今は現。消えぬ」
それを誤魔化すように、ぶっきらぼうに答えると、幸村は急に嬉しそうに笑みを刻んだ。
「そうだな。そなたが言うのなら…そうだ」
そして、そっと半蔵の骨ばった左手を、両手でおし抱くようにして包み込む。
不意に温もりに包まれた手に、半蔵はほんの僅か眉根を寄せた。
幸村はそんな表情に気付かないまま、故意につけられた切り傷や火傷の跡、それすらも愛しげに触れる。
そこでようやく半蔵は気付いた。
どうして、この男に触れられたくなかったかを。
(この傷を…見られたくなかったのか…)
時代のせいか、自分の傷にしろ他人の傷にしろ、半蔵は傷跡を気にする人間ではなかった。
確かに自らの傷は、へまをした証でもあるので、口惜しい気持ちはある。
だが、他人に見られて何と言われようと、今更それを気にするような性格ではないのだ。
ただ一人、幸村に見られたくなかったその理由には、すぐに思い当たった。
(傷を付けられた状況を話せば…この男…他人事でも激昂して、痛ましい顔をするのだろうな…)
ぼんやりと、幸村の武士らしい大きな手が、自分の手を撫で回すのを見ていた半蔵は、幸村の言葉に急に我に返った。
「痛いか…?」
その囁くような問い掛けに、どう反応すればいいか無言で考えていると
「辛そうな、顔を、した」
(ああ、やはり)
自らの方が辛そうな表情で、幸村は半蔵の手を握り締めた。
(それにしても…手の平が大きい分、指も長いのだな…)
そんなことを思いつつ、半蔵はしげしげと幸村の手を見つめながら、自然と口を開いていた。
「痛くは、ない」
その時は、どうだったかは覚えていないけれど…
今は…ただ、温かいだけ。
さすがに後の言葉は呑み込んだが、それだけで幸村が安心したのが分かった。
自らの感情を隠すことに長けている半蔵と違って、どんな時も幸村は素直に感情を表に出す。
それを好ましいと感じている自分に、半蔵は少しだけ眩暈を感じた。
夜が明けきらないうちに別れるのが、暗黙の了解になっていた。
そして、その別れを切り出すのは、幸村の役目ということも。
半蔵の目を狂おしいほどの熱を込めた目で見つめる。
「…また…」
その視線から目を逸らさない半蔵は口を開き、それと同時に幸村も口を開く。
「「いずれ」」
これで、短い逢瀬は、終了。
余す所なく触れられた左手を、そっと右手で握り締める。
不意に、最後に聞いた、幸村の悲痛なまでの言葉が蘇った。
「全て、溶け合ってしまえば…」
二人を隔てる皮膚にさえ、幸村は口惜しさを感じていた。
結局、二人を阻むものは、二人自身なのだろう。
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