いつものように約束の場所へ向かった半蔵は、そこに既に幸村がいることに気付いた。

律儀なことにこの若者は、毎回の逢瀬のたび、半時ほど前にはここに来ているそうだ。

やや小走りになった自分を自覚しつつ、任務ではないので足音を消さずに半蔵は駆け寄る。

そうすると、その音に気付いた幸村は、いつも嬉しそうに振り返って微笑むのだ。

だが、今日は半蔵の姿を認めると、いきなり無表情のまま立ち上がって幸村も駆け寄ってくる。

そしてその勢いのまま、二の腕を掴んできた幸村に、一瞬だけ半蔵の体が逃げをうった。

しかし、半蔵が眉を顰めたことになど構わず、決して逃さぬと言わんばかりに幸村は更に強く掴み、真剣な顔で詰め寄る。

「返事を聞かせてくれ!!」

「…返事…?」

はて、何か訊ねられていただろうかと、半蔵が記憶を探っていると

「生きて私と添い遂げるか、死んで私のものになるか!!」

「何だ、その二択は!?」

あまりにも身勝手な選択肢に、半蔵といえども声を荒げずにはいられなかった。

「さあ!返事を!」

どちらにせよ幸村にとって有利な選択肢と、そのどちらかを半蔵が選ぶであろうという期待の眼差し。

流石にそこまで我侭に振舞われると、半蔵とて怒りを感じるだろう。

「…生きて家康様と添い遂げる」

「…何…?」

奇をてらった答えに、思いのほか不機嫌な表情を浮かべた幸村を見て、半蔵の本能が警戒を促した。

(まずい)

普段はバカがつくほど誠実な幸村は、生真面目なまでに半蔵の嫌がりそうなことはしなかった。

だが今はどことなく切羽詰っていて、普段は爽やかな笑みを浮かべている顔には、見たこともない表情が浮かんでいる。

それが幸村の“男”の表情だと気付いた半蔵の背に、冷たいものが伝ったのは間違いではないだろう。

あまりの豹変振りに、貞操の危機を感じ始めた半蔵は、早めに態度を軟化させることにした。

「家康様の天下を望む。それまでは死ねぬ」

「ならば私と共に逃げよう」

まさかそのような言葉が幸村の口から出るとは思っていなかった半蔵は、しばし反応できなかった。

「…それでは…家康様のお力になれぬ」

ようやく搾り出した声に、幸村が食って掛かる。

「ならなくともいい!」

「……おぬし…邪魔をする気か?」

半蔵が誰よりも家康の天下を望んでいることを知っている幸村は、それ以上は強く出れないらしく言葉に詰まる。

それでも幸村の真っ直ぐな申し出は、嬉しいものであったようで、半蔵の目元が僅かに和らいでいた。

もっとも宵闇のせいか、それに幸村が気付くことはなかったが。

実は幸村の口にしたその選択肢は、半蔵も考えなかったわけではないのだ。

ただ、全てを捨てて逃げるには、二人は実直すぎた。

「時期が来れば…我が心…曝け出そう」

今はまだ先行きが暗いが、稲姫と信幸の婚儀が滞りなく済めば、両家の関係も良くなるかもしれない。

その平穏な関係が、例え一時の短いものだとしても、今よりはずっとマシかもしれない。

それは、半蔵にしては珍しく、不確かで前向きすぎる考え方だった。

「ほ、本当だな!?」

どんな答えであれ、普段はあまり見せない半蔵の想いを知れるとあってか、幸村の表情が明るくなる。

眩しいと感じたその顔を直視できず、目を伏せた半蔵は静かに頷く。

「…ああ…」

この時、半蔵は心の底から、幸村が素直でよかったと思っていた。







一人になって、いざ本当に答えを探すと、それはあっさりと見つかった。

何故ならそれは、ずっと以前から半蔵の中に息づいていた感情だったのだから。

「生きて、おぬしのものになりたい……かもしれぬ…」

ひそりと呟かれた言葉は、誰にも届くことはなかった。










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